「あれっ、この人たち、大したこと無いんじゃない?」と貴方が感じる分野は、貴方の才能が「そこに行け」と叫んでいる

あれ?この人たち、大したこと無いんじゃない!?って貴方が感じる分野は、貴方の才能が、「そこに行きなさい」と叫んでいる。

だから、そこに行くべき。

もし、そこで「超大物」と言われている人物ですらも、「大したこと無い」と思えるのなら、そこに貴方は行くべき。逆に、素人や、アマチュアの末端レベルでさえ、「うわ、すげぇ、無理だわ」とか「俺にはできない」とか感じる分野は、才能が無いと言える。

学業なら、GMARCHレベルで苦戦するなら多分才能無いだろうし、簿記なら2級すら受からないのなら才能無いだろうし、芸人なら当てるのに10年かかるなら才能無いだろうし、サラリーマンなら30歳までに出世の兆候が見えないなら才能無いだろうし。

ただ、根本的に、「大したこと無い」「大したことある」の評価眼が狂っている人間がいて、人生で大したことを成さず、ダラダラ生きて、テキトーなこと言って後輩に指導する立場になったり、そこそこ偉くなったり、そこそこの生活できるようになったりして、NOT実力主義で食わせてもらう立場で、誰かに食わせてもらう立場が長くて、評論家精神だけが尖ってくると、ぜんぶ狂ってくる。

逆に言えば、そういう眼だけ狂ってなければ、仕事でも恋愛でもそんなに不幸にならない。

大切なのは、有能か無能かではなくて、物差し。無能の自覚者はその瞬間から賢人になる。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。