「こんなお給料じゃあ生活できない!!」 → 社会の不平等を乗り越えよう。

「こんなお給料じゃあ生活できない!!」と気づき始めるのはいつ頃でしょうか。幸いにも、私は16〜7歳ぐらいから、「普通に大人になればずっとカツカツな生活が待っている」とわかっていました。

給料を見たらびっくりしますよね。

安い、安すぎる、と。

あまりにも安い給料は、生活ができるかどうかだけではなく、「あぁ、私の価値はこの程度しか無いんだ・・・」と元気を奪います。1日8時間以上を会社に捧げ、理不尽さに耐えてやっともらうお給料がそれなわけです。そりゃあ、人生に絶望もしてきますよね。

エリートの人は良いでしょう。社会に出た時点で、エリートコースが確約されたような人は違います。何より、給与の高い都市圏において、実家に住みながらしばらくの間は働き続けることができるかもしれません。

(社会人なりたてのキツイ時期に、親元で暮らしているアドバンテージたるや、ですよ)

 

だいたいの人が、社会人になると待っている生活。それは、「我慢、我慢、我慢」の連続です。大した希望も無い。面白みもない。なんとか、自分を騙し騙し、やっていくほかない。逆に言えば、社会人になってそれなりに満足している人はラッキーです。ハッピーです。「あぁ、人生楽しい!」とか「お金が使える生活幸せ!」と感じているかもしれません。若い間、周りの人たちが遊んでいるのを傍目に、シコシコと勉強してよかったと感じるかもしれません。親の言いつけを守って良かったと感じるかもしれません。教育環境を整備してくれた親に感謝したり、自分はラッキーな星の下で育ったと感じるかもしれません。

 

・・・・・・自分は、一生懸命、我慢して生きている。その一方で、外を見回せば、豊かな暮らしをしているであろう人たちが視界に飛び込んでくるわけです。気にしないこうとしていても、生きている限り人間関係は断てません。マウンティングに巻き込まれたり、見下されたりしてストレスが溜まるかもしれない。あるいは嫉妬や羨望で息苦しくなるかもしれない。自分はなんで、生まれてからこの方ずっと負け続きなのかと思うかもしれない。

本当に疲れが溜まってピークに達している時、ふと、満員電車に乗っている自分を認識して、

「このままじゃやばい!!!」

という危機感がこみ上げてきたり、

「自分がこんな環境に押し込まれていることが許せない!!!」

という怒りがこみ上げてきたり、

「なんで社会はチャンスを与えないんだ!!!」

と不平等を嘆いたりするかもしれません。

 

やりたいことはできない。給料は安い。労働時間は長い。未来に希望は持てない。人間関係に疲弊する。・・・・・何のための人生だろう。挙げ句の果てには、何のために生きているのだろう、とか考えてしまう。あぁ、街が一気に停電して、会社が休みになれば良いのに。そんなことを考えてしまうこともあるかもしれない。

 

自分で、何かやるしかないのさ。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。