【お金と幸せ】*2

ハイティーンの時、昼間のラブホテルの駐車場で、衝撃的な光景を見ました。

 

駐車場には、高級車がズラーっと並んでいたんです。そして、私の後ろから別の高級車がブワーッと走ってきて、おじさんと美女が出てきたんですよね。

おじさんは美女の「腰だかお尻だかわからない位置」をスリスリ触りながら。そして美女はおじさんの股間をスリスリしながら。密着した二人は、ホテルの中に消えて行きました。

 

その時、言いようの無い怒りだか、嫉妬だか、熱が込み上げてきました。

完全なる敗北感を感じたのです。

 

人生で一番、悔しいと思った瞬間でした。

女とやりたいとか金が欲しい、ってよりも、「身分の違い」を思い知らされたような気がしたんです。今の自分からは到底届かない、お金と時間の自由がそこにあると思った。

 

普通、同年代の人間なら甲子園予選とかで涙を流して「悔しい」と思うのでしょうね。笑

 

で、大人になって聞いた別の話ですけど、地方のしょぼい会社で働いている友達が言ってたんですが、彼の会社の役員だか社長だったか忘れたんですが、平日の昼間から、「奥さんでは無い別の女」とラブホテルに入っていく様子を、たまたま彼が見かけてしまったそうです。

 

・・・・・これが、シャバの現実です。

 

シャバの現実にたくさん揉まれて、ダメな大人になりました。

西園寺さんは、今もう飽きてしまったのでやってないのですが、昔はちんぽしゃぶってもらいながら広告コピーとか書いていました。

 

会社の役員、社長、いわばお偉いさんというのは、結構、裏で遊んでいるものです。当たり前ですね、金と地位があればモテますから。で、そういう中小企業の社長とかは、

「社員には言えない・・・・」

とかいう本音を持っているものです。ほら、会社のお偉いさんって、みんなクリーンな感じにしようとするでしょ。でも、裏はそういう感じなんです。性欲の無い男なんていません。いろんな女と遊びたく無い男なんていません。関係ないけど、最近はジャ●ーズとかもすごいじゃないですか。イメージ良かった人がスキャンダルされるでしょ。

 

あなたは、この現実にどう向き合いますか?

 

会社でいくら頑張っても、その頑張りは会社の成果として吸収されます。そして、その会社の上でふんぞり返っている人たちは、昼間から美女に「じゅぶじゅぶ」してもらっているわけです。

自分の会社にはそういう人がいなくても、今この瞬間も、あくせく汗水垂らして苦労している人がいる一方で、美しい女体に向かいハッスルしている人が沢山いる。

ムカつきません?

 

 

 

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幸せ論
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すごく愛している彼女がいるとします。

彼女とは、いつもラブラブ。

自分のために手料理を振舞ってくれるし、いつも優しいし、可愛いし。一緒にいて癒されるし。

 

何より、夜がすごい良い。

自分のために、一生懸命お口を開けて、ムスコさんを頬張ってくれる姿、かわいらしく恥じらいながらお股を広げている姿・・・・。

 

「この子を幸せにしよう」

 

そうやって人は結婚するのでしょうか。

こういうことを思えば思うほど、この女性に愛想を尽かされた時の衝撃たるや・・・・ですよ。半端無いです。

 

女の「お金じゃ無い」は、男の「谷間?見てない、見てないっってぇ!」ぐらい怪しい。

 

お金が原因でフラれる、自分より経済力がある男に取られる、そういう感じならもう、「ショック」「×100」って感じですよね。

もうボロボロ。しくしく。

性犯罪の実録、として漫画化されたものを読んでいたことがあるのですが、性犯罪者の誕生というのは女にヒドいフラれ方をしたパターンがきっかけとして多いようです。

デューク西園寺の人生経験上、「女に真面目に入れ込みすぎた男」は、あとで事故車になる確率が高いと思います。フレームが歪んだ廃車に。

 

離婚にせよ破局にせよ、なんだっていいですけど、燃え尽き症候群のようになり、酒に溺れている人。多いですね。私が思うに、ホームレスとか中高年ニートとかにも、そういう人、結構いると思うんです。

 

生きている以上、自分一人ではありません。

そして、大切な人ができるほど、大切な人の価値観を無視できなくなります。

 

するとまぁ、そこから悲劇のタネが。

 

昔読んだ自己啓発本に、面白いことが書いてありました。

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貴方の彼女が若くて綺麗なら、

貴方と付き合わずにソープランドで働けば

月100〜200万円ぐらいは容易に稼げるでしょう。

それを我慢して貴方と付き合っているのですから、

貴方には稼いで女に金を渡す義務があります。

少なくとも、日頃から感謝する気持ちが欠かせません。

ーーーーーー

的な話だったと思います。

 

この視点、面白いですよね。

これについて、賛同する・しないはどうでも良いですが、ソープランドとまではいかなくても、いろんなオプションは頭に浮かぶのでしょうね。

 

女の物欲・食欲・金銭欲はすごいです。

 

「幸せ」とは何かを考える上で、重要な視点を提供しています。

男・女の話をしたいのではなく、
どっちかというと「自分以外の人間について」というテーマです。

どんな形であれ、シャバや他人の価値観は無視できないということです。そして、関係が近い・深い人間がいれば、その人の考え方は自分の人生に入り込んできますから、当然、無視できない。

 

不幸になる人は、こういうことに全く気付きません。いざ、その場面になって気付く。

 

要するに、自分の自由な意思云々の前に、「外部環境」によって、何かをねじ込まれることって多いわけです。

よく、若い子が、

「普通に働いて、普通に暮らせれば、それで良いんです」

とか言うじゃ無いですか。

 

実際働いてみて、様々なプレッシャー・ストレスを受けて、そのスタイルを堅持できるのか?疑問です。

フライデーナイト、サタデーナイトに、クラブで出会った男女が刹那的一夜を過ごすのは、性欲に駆られているのももちろんでしょうが、「日常的にストレスに晒されていて、ハメを外したい」という願望から来るものもあるはず。

 

我々は外部環境の奴隷なのです。

 

ニート、無職、フリーター、株無職、こういうものにはなりたきゃいつでもなれます。

でも、「稼げる人」とか、「魅力ある人」とか、「できる人」とかになるのって、一朝一夕でどうこうの世界じゃない気がするんですよね。何より、しっかりとした準備がいると思うんです。

 

「楽」とか「手抜き」に走る弊害というのはそこです。

いつか、ふとしたタイミングで、自分のちっぽけさとか、雑魚さとか、弱さを強烈に自覚させられる場面がやってくる。悲しくなってくる。

 

自分の考えとか、自分のポリシーとかに固執しすぎる弊害はそこです。生きづらいとか、生きる場所がない、という感じになっていく。

 

 

 

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お金
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この二つの見比べてみてください。

A:英語を簡単に使いこなす男
B:英語でまだこんな勘違いをしていませんか?

英語教材の広告です。

 

・・・・・・実は、Bの方はAに対して「3倍」の差をつけて、驚異的な売上をもたらしたんです。

実際にあった事例です。

3倍ですよ、3倍。事業主なら、これがそのまま「収入の違い」につながることがリアリティを持って感じられるはずです。ヨダレが垂れますね。

年収3倍になったらどうしますか?高級ホテルにでも泊まりますか?旅行にでもフラッと行きますか?車でも買います?人にパーっと奢ります?風俗?キャバクラ?女遊び?

 

綺麗な海・・・・

美しい空・・・・

ビーチサイドで、白い砂浜を前に炭酸飲料をゴクゴク飲む・・・・

 

平日の昼間から、

巨乳・クビレ美女の愛人orセフレに、

ビジネスホテルでちんぽを「じゅぼじゅぼ」しゃぶってもらいながら、

カーテンを開けて元いた職場のオフィスと、覇気の無いサラリーマンたちを見下ろす・・・・。

 

もう会社なんて行かなくて良い・・・・。

一生懸命、資格の勉強を1年、2年、3年とやって、給料に雀の涙ほどの昇給プラスしているような、空回り人生とは考えられない世界です。

これがビジネスオーナーの醍醐味ですね。

 

次はコレ。

A:慎重なドライバーのための定額自動車保険
B:安全なドライブをお金に変える方法

なんとコレ、AはBに対して「12倍」の差をつけた成果が上がった事例です。

12倍ですよ。稼ぎが12倍になる世界。想像してみて下さい。

・・・・・・・恐ろしいでしょう。

 

大切なことは、「自分の考えを信用しない」です。

自分の考えさえ信用しなければ、年収は跳ね上がっていくのです。

 

テストしないとわからない世界があります。

そもそも、お金稼ぎは『俺はこう思う!!』みたいな持論がカチコチの人は向いてません。そーゆー人はめんどくさい学者になってめんどくさい論文発表しておいてください。

 

ね?

お金を稼ぐなんて、簡単でしょう。

 

やわらか頭になるために、いいトレーニングとしておススメできるのは、女の子とたくさん遊んで、たくさんワガママに振り回されることです。若いうちにたくさんナンパしておくことです。たくさん文句言われて、たくさん御用聞きしたりすれば、ぐにゃぐにゃになってきます。

ぐにゃぐにゃに。

頑固さは要りません。

 

よく、20代で本は出すな!とか言われます。

理由はいろいろありますが、そこで成長が止まってしまうからではないでしょうか。

自分の考えを持てとか、自分のポリシーを持てとか、自分の意見を持てとか言われますけど、そんなもの持ちはじめた時点で人生は折り返してる。

 

柔らかさを失い、何か固くなった時点で、怪我はしにくくなるのでしょうが、飛躍もしなくなる。

しかし、ことお金儲けに関しては市場に合わせてないといけませんからねー。

 

お金の価値観をガラリと変えて、世界の見方を変えるためには、今お話ししたことを知るだけでも十分すぎると思います。

お金が無い、お金が得られない、お金に困っている・・・・・・という人が知らない、「稼いでいる人間の世界」の扉を開き、少しお見せ致しました。

 

観念的に、「稼ぐ」ということについて、徐々に学んでいきましょう。

 

 

 

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コラム
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批判は命懸け、という話をしたいと思います。

 

世の中では、「何かをやる」人よりも「それを批判する人」、解決策や代替案を出すよりも「反論・反対意見」しか述べられない人がたくさんいますよね。政権運営に関しても、与党が大変で、与党より野党が楽でしょう。

 

なんで人は批判が好きなのか?

その理由は、「自分たちは一切傷つかない、責任を負わないで良い」と思っていることです。リスクを負わずに、自分の「賢さ・有能さ」をアピールできる良い手段だと思っていることです。

 

残念ながら、これは違います。

むしろ、逆効果です。

しかもそれをやればやるほど、「この人はブレーキ役だ!」というポジションが固まっていくことでしょう。ブレーキ役って、どっかに稼げるポジションあるんですか?教えてください。私の知る限り、稼げるポジションは全部アクセル役です。

アクセル踏んでハンドル握る人間が稼げます。

 

人に対して、「ノーリアクション」も含めて、何かしらの反応を示した時点でそこには責任が伴います。何もしない・何も言わない人も、批判する人も。

そうやってアクションした時点で「自分に対する世間的評価の集積」がスタートしています。

こうやって考えると、スッキリしません?

そつなく生きる、とか無いんだな、って。

 

そもそも、大人しくて何もしない人より、一見害悪を撒き散らしているっぽい声が大きい人の方が稼げてるってよくあるじゃ無いですか。

それを見て、普通は「世の中おかしい!」とか思うわけです。

 

でも、そーゆー声が大きい人たちが注目を集めるのは、それなりのことをやっているからでもある。

 

こうやって考えると、何もせずにチーンと大人しくなっている自分に対して、恐怖感が襲ってくるわけです。

「俺の人生、このまま行くとちょーヤベーーッ!!」ってやつ。

 

行動力が無い人は、行動力がある人を「すごい」と思っています。

その前向きなモチベーションはどこからくるのか、と。

 

でも、本当は違うんですよ。

行動力がある人は、行動しないと「やばい」ことを知っているのです。要するに、行動しないことに対する危機感が強い。

 

なんかやっとかないと、やばい。

これに対する強烈な危機感、危機意識があるかどうか、ですね。

 

結局、人間はみんな、「やばい」という意識で動いています。問題は、何をやばいと思うかです。

 

「俺って、そつなく生きているよな」って思っている人が、激しく自分の人生を後悔するときというのは、その「そつの無さ」ゆえに、例えば自分が「どこにでもいるただのコモディティ」として扱われてしまうシーンです。肝心な場面、気持ちが入る場面、重要な場面で「君は他の人たちと変わらないよ、と扱われる現実」に出くわし、強烈に自分をメタ認知した瞬間とかですね。

人間が友達や家族との繋がりを必死に確保しようとするのは、「自分は特別」という気持ちを強化したいからだと思います。

 

 

だから、批判意見を述べるとか、レビューを書くとか、命懸けなんです。それが「手頃」とか思ってる人は思いっきり勘違いでしょうね。

 

「喋らないこと」で、「批判意見」に徹することで、自分の立場が守られると考える人がいますが、これは大間違い。特に、ビジネスシーンでは信用が大事で、「有象無象のウチの一人」とか「烏合の衆のウチの一人」として認識されれば、それは致命的損失を招くこともあります。わーきゃー言ってるだけの人だな、いくらでも替えが効く人だな、って思われることもある。

 

安定とかについての議論も同じです。

リスクを取らない、何もしないことが「安定・ノーリスク」などと思い込んでいる人はたくさんいますけれど、実際は違うんです。もはや、その瞬間にリスクがスタートしている。進行している。

 

自分が今やっていることが、「安全・無難・正解・普通」だと思い、じっと静観して居たのに、それが違かった、あるいは時代が変わって「危険・不正解・負け組」になった、という時には浮ばれません。

時代は移ろいます。

 

世の中の人の「物の見方」はこんな感じ。

世界には、

・無難な地
・危険な地

の二つがあって、なるべく無難な地に居ておいた方が良いだろう。

 

世界には、

・安定の地
・不安定の地

の二つがあって、なるべく安定の地に居ておいた方が良いだろう。

 

こういう見方が誤っている。私はそう思うわけです。

 

自分の身の守り方というのは、セキュリティとかプライバシーに関しては保守的で良いものの、生き方としてはリスクをとったりした方が案外、安全だったりすることは多い。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。