ありのままの自分 vs 偽りの自分

ウケが良いことを狙って一生懸命迎合した先にあるもの。それは迎合した本来の自分ではない姿が熱狂的に愛されてしまって、本来の自分とのコントラストに悩み、苦しみ、偽りの愛を演じ続ける世界で生きていくこと。芸能人がビルから飛び降りたり、ヤクに走ったり、夜の世界の人気嬢が病んでたりするのはそーゆーところにあったりする。もちろん、市井の民間人レベルでも大なり小なりそーゆーのはある。逆に、ありのままの自分を貫き通した先にあるものは、ありのままの自分を一生、誰も理解してくれない・受け入れてくれないリスク。誰も価値を見出してくれないリスク。自然体の自分でい続けることは一種の賭けであり、ほとんど誰もが、育っていく過程の中でありのままの自分を否定され、修正を余儀なくされている。女性向けの雑誌でモデルが『自然体の自分で…』と語るのは強者の論理であり、その本人が強者であるがゆえに自然体を貫き通してこれたのである。もちろん不屈の意志もあったのかもしれないが。

どの自分で勝負する?

自然体の自分で勝負賭けて良かったわ。見事にこの怠惰さと性格の悪さを貫き通して生きてる。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。