ほとんどの仕事は、金持ち、金払いの良い人のためにある

世のすべての職業において、お金が無い、金払いが悪い人は眼中に入っていない。

職業が多様化し始めたのって古代エジプトぐらいだと思うんだけれど、富と権力を持つ支配階級がいるような豊かな文明では、彼らのために奉仕する仕事が必要になる。奴隷でも、肉体労働者でもない人々。石工、職人、芸術家、書記、法律家、教師、医師、細工師、陶工、宝飾職人、建築家、金属細工師など。

それより前の世界では、そんなに職業のバリエーションは豊かではなかった。

つまり、世の中にあるあらゆる職業のルーツは、お金と権力がある人のため。

貧乏人は、昔から、最低限のお金を支払われて、翌日、いつもと同じ労働に駆られる日々。そもそも、貧乏人は労働するためだけに生かされる感じ。その極みが奴隷。ほとんどの商品やサービスは貧乏人のために設計されていない。

職業の多様性というのは、その社会の経済的な成熟度と、あとお金持ちのお客さんに支えられている。スタイリストみたいな職業は、東京で成り立つでしょ。田舎で成り立たないでしょ。

基本的に、貧乏人に奉仕する仕事なんて無い。だって、仕事はお金をもらわないといけないけれど、貧乏人はお金が無い。だから、貧乏人に奉仕する商品・サービスは限られてくる。

 

貧乏で、おまけに金払い悪いと完全に社会からスルーされる。そして、末端労働要員として組み込まれて鬼のように働かされる。生活も仕事も上流にシフトできない。でも、なぜか人は小銭を稼いで、小銭の一部をシコシコ貯める。何の意味も無いのに。

むしろ、貧乏であればあるほどパーっと使って、そういうお金の流れを把握しないといけないのだけれど。「ミュージシャンになるか、サッカー選手になるかしないと成り上がれない」みたいな風潮があるヨーロッパのどっかの国があったと思うけれど、これなんか、まさに、貧乏だから音楽とボールで遊ぶ、みたいな感じ。真面目な金遣いじゃない。

私は、お金無い頃は、とにかく精一杯背伸びして、上流の力が投下された商品・サービスを自分に振り向けることであったり、上の世界を覗くことに必死だったけどね。

 

現代的な仕事のルーツ、商品やサービスのルーツは、豊かな層への奉仕がスタート。

貧乏人は相手にしても儲からないし、文句が多い。時代が進んで、大量の貧乏人から薄く広く集金することを考えたビジネスがドーンと発展した。とにかく、そういうビジネスは規模が重要になってくる。薄いのだから、広く集めなきゃ、という感じに。

世の商品・サービスはフェアに奉仕するために存在していない。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。