マイケルジャクソンのダンスは、なぜ神がかって見えたか。

どうも、西園寺です。

 

西園寺はマイケルジャクソンが好きでした。

 

Smooth CriminalのPV、ライブ映像が特に好きで、今でもYouTubeで繰り返しみたりします。

 

私はこういう、「異次元の成功者」を観察しては、
彼らがなぜ成功したのか、魅力の本質はどこにあるのかを分析するのが好きです。

 

これまでに膨大な数の成功本、自己啓発本、ビジネス書を読み、
人間心理を研究している身をとしては、
「生きた成功事例」を観察しているだけで
頭の中の点と点が「ビビッ」繋がって、
大いなる気付きを得られたりすることが本当によくあります。

 

 

 

マイケルのダンスはなぜ美しいのか

 

 

 

私はダンスは詳しくありません。技術的なことはわかりません。

 

ただ、マイケルジャクソンのダンスを見ていて思うのは、本当に美しく、神がかり的だな、ということ。

 

もちろん、彼の技術の高さは素人目に見てもわかります。
彼が、相当な努力をしてのぼりつめたことや、
普段からかなりストイックなトレーニングをしていたこと、
バックダンサーが彼についていくことができなかった逸話なども知っています。

 

ただ、そういう技術論、努力論の観点はさておき、
傍観者としての立場から
彼のダンスがなぜ神がかって見えるかを考えたとき
(そして、マイケルのモノマネをかなりハイレベルでしている人のダンスを見ても感動しないのかを考えたとき)

 

あることに注意が行きました。

 

それは、マイケルジャクソンの外見です。

 

 

 

マイケルジャクソンの独特の風貌

 

 

 

マイケルジャクソンは、ご存知のように結構細身な方でした。

 

そして手足がめちゃめちゃ長く、そして顔と頭がめちゃめちゃ小さい。
(多分、彼は10頭身ぐらいある)

 

めっちゃスタイルが良いんですよね。

 

このスタイルの良さと、線の細さが、
彼のダンスを見て感じる「繊細さ」「しなやかさ」という
印象を形づくっていると思います。
ここが、彼を見て「神がかり的だ」と感じる最大のポイント。

 

彼の卓越したダンスに「異次元のオーラ」を漂わせている最大のポイントだと思います。

 

そしてあの髪型。

 

ダラッと垂れるチリチリの前髪。
あの髪型が「ミステリアス」な雰囲気を形作っていたように思いますね。

 

手袋だとか、ハットだとか、衣装だとか、
ああいうものをそっくりそのまま真似して
ダンスを披露する方は大勢いらっしゃいますが、
そういうマイケルの物まねを見てもイマイチピンとこないのは、

 

マイケルジャクソンのダンスは、彼のルックスありき

 

だからだと言えると思います。

 

重要なのは、彼の風貌は、すごく「独特」だったということです。

 

ダンサーというのは、体全体の動きを遠目に見られるのが常です。
そんな彼らにとって、遠目から体全体を見たときに、普通の人と違うと一発でわかる風貌はとても有利だと思います。

 

マイケルが特に際立っていたのは、
あの10頭身のスタイルだと思います。
10頭身、9頭身の人はやっぱりパッと見で違いが一目瞭然です。

 

体全体を遠目からみたとき、
頭・顔の大きさと体とのバランスというのは、
まず真っ先に目につくポイントだと思います。

 

この点で一目瞭然の「違った」ものを持っていたマイケル。
ここは、彼の成功に大きく貢献している部分だと思うのです。

 

 

 

天性の違い

 

 

 

やはり思うのは、卓越した異次元のパフォーマンスというのは、

 

「天性のその他大勢との違い」

 

というのが非常に重要なキー要素となるということです。

 

「人と違っている」。これは、価値の源泉となるとても重要なポイントです。

 

ただし、違っている「だけ」ではダメです。
この「違い」をベースに、価値を創造していかなければならない、昇華していかなければならない。

 

あなたがマイケルファンであるならご存知でしょうが、
彼の普段のトレーニング量は半端なかったことが知られています。

また、彼はエンターテイナーとしてのキャリアがめちゃめちゃ長いですよね。

11歳でデビューしており、学校もまともに行けなかったそうです。
(普通の人が学校に費やしていた時間・労力を仕事に全力投下していたわけです)

 

相当な時間をかけ、
相当な努力をし、
天性のものと掛け合わせたからこそ、

 

マイケルジャクソンはあそこまで行ったのだと思います。

 

マイケルジャクソンのダンス、パフォーマンスを傍観者として、
傍から見るのはすごく「楽」なことです。

 

ただ、その背後にはものすごい濃厚なストーリーがある。
見ている側の感動の引き起こす理由が詰まっている。

 

我々は普段からテレビやネットなどで、
芸能・パフォーマンスをこれでもか、というほどに観ることができます。

 

観ていて、「まぁまぁだな」とか思ってしまうようなものも、
それを「提供している側」はものすごく大変なわけです。

 

ここのギャップに注目してください。

 

価値の送り手と、受け手の間にあるギャップです。

 

送り手の使ったエネルギーが100だとしたら(才能等々も含めて)、
受け手が感じるエネルギーは10ぐらいなわけですよ。

 

マイケルジャクソンは、観ている人間をあれだけ熱狂させ虜にさせる力があるのです。

 

受け手が感じるエネルギーが1000だとしたら、
マイケルが使っているエネルギーは10000とかですよ。
その10000というのが、幼い頃から学校もいけず、
普通の生活を犠牲にして培ってきたもの、そして天性の才能です。

 

マイケルジャクソンの天才性について語ったおもしろいブログ記事を見つけたので、よかったらこちらも見てみて下さい。

 

→http://d.hatena.ne.jp/esu-kei/20090901/p1

 

 

 

努力MAX、技術がある、勉強したとか、そんなの当たり前。

 

 

 

お分かりですか。

 

受け手に価値を感じさせ、感動させ、心を揺さぶる。
そのためには、努力MAX、技術磨く、必死に勉強する、人生投げる、そんなものは当たり前に必要なことだということがわかります。

 

成功者は、あれだけやるからこそ、それだけの理由があるからこそ、成功者なのです。

 

我々一般人が、こういった卓越した成功者から何を学べるかというと、
とにかく死ぬ気で全力で取り組むのはやって当然のことということではないでしょうか。

 

これは根性論とか、精神論とかそんな話ではなく、そんな議論のテーブルに上がらないほど、

 

当たり前のレベル

 

のものということですね。

 

常に忘れてはいけないのは、「ギャップ」の存在です。

 

送り手が「これだけやったぜ」と思っても、
受け手が感じるのは「その程度かよ」ということですね。

 

 

 

一身専属的なものと、客観的なもの

 

 

 

ここからの話を理解するためには、
成功者という人種。資本主義と民主主義の狭間で。」を
先にお読みになって頂けると良いかもしれません。

 

人が生まれ持っている、
「他者との違った点」というのは、
一身専属的なものです。

 

これを活かすか●すかは本人次第だと思います。
武器にもなりますし、欠点にもなり得るでしょう。

 

価値は違ったもの、少ないものにつくのが普通です。

 

これをベースして、
「客観性のあるもの」を磨いていく・積み重ねていく、
というのが大事だと思います。

 

わかりますか?

 

「この世界にあるもの」と「自分が持っているもの」を
掛け合わせることが、価値の創造と言えるのです。

 

この世界にあるものでなけなれば、
自分が持っているものだけ打ち出しても「何それ?」で終わりです。

 

逆に、この世界にあるものだけを取り入れて磨いていっても、
平凡・ありきたり・並み以下で終わってしまいます。

 

世界を知って自分を知る。

 

これが、卓越した成功者になるために必要なものではないでしょうか。

 

私が思うにですが、卓越した成功者というのは、
自分が戦うフィールドで世界を知る経験がすごく早いです。

 

マイケルジャクソンは11歳でデビューして子供の頃からスーパースターです。

 

ウォーレンバフェットは6歳ぐらいから、証券業務を営んでいた父のオフィスに出入りし、アニュアルレポートを読みこなしていたといいます。

 

ジョブズも10代の頃からデザインや東洋思想につかっていたということが伝えられています。

 

自分が持っているものと、世界にあるものをかけあわせながら、
世界に働きかけながら、フィードバックを受けながら、
あれこれやってみたり考えてみたりする。

 

そういう過程が若いうちにあれば、卓越した力というのが育っていくんだと思います。

 

 

 

一番見逃されがちな、「続ける」こと

 

 

 

マイケルもそうですが、卓越した成功者というのはその分野で培ってきた経験量が豊富です。時間も莫大な量を投資しています。

 

ですから、これから成功を目指そうとしている人が考えるべきことは、

 

自分はこれまでの人生で何に時間を投じてきたか

 

だと思います。

 

表向きには何の才能も育んでこなかったように見えても、
実はこれまでの10年、20年で密かに培ってきたものがあったりするはずです。

 

小学生の頃には絵描きに夢中で、
中学生の頃にはパソコンに夢中で、
高校生の頃にはツーリングに夢中で、
大学生の頃には読書に夢中だった、
という人の場合、これらすべては一見バラバラに見えても、「1人で世界を広げる活動」をしていたという点で共通項があります。

 

こうやって抽象度を上げてみたとき、
普通の人生を送ってきたように思える人であっても、
何かしらのことを「10年」「20年」と培ってきた可能性があるわけです。

 

ここに、その人のポテンシャルが、才能が眠っている可能性があります。

 

 

 

マイケルジャクソンの成功から学べること

 

 

 

私がマイケルジャクソンをみていて思うのは、

 

「違い」×努力MAX(人生投売り)

 

があの卓越性を形づくっているなぁということ。

 

見方を変えれば、得ているものも大きい分、
失っているものもかなりたくさんあると思うのです。

 

スーパースターというのは、誰もがそういう感じだと思いますが、
私はマイケルは特にそれが顕著だと思うのです。
彼は、失っているもの・犠牲にしているものも桁違い・段違いだと思います。

 

要は、天性の才能を活かしつつ、
大多数の些末なことにNOを突き付けること、
そしてすべてを投げうって取り組んだからこそ、
ああいう神がかりなパフォーマンスが生まれているということです。

 

既に述べたように、魂が震えるような衝撃を与えてくれる、
感動の「1000のパフォーマンス」の舞台裏には「10000」のストーリー、犠牲、エネルギー投下があるわけです。

 

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。