マークザッカーバーグ(facebook創業者)を評価していない

パソコンってものが生まれて、インターネットが生まれて、そしてネット界が進化するっていう歴史をずーーっと体験している人にとって、昔のネットと今のネットってだいぶ違うって感じると思うけれど、マークザッカーバーグが作ったfacebookによってSNS時代という新しい世の中が拓けた。私はジョブズ礼賛が激しいんだけれど、マークのことは一切評価していない。ずっとそうだった。そしたら案の定、なんか、フェイスブック、危機になってるじゃん。最近話題の裁判官のツイッターの例(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180907-00000117-asahi-soci)もそうだけれど、ネットってさ、あんまりにもオフラインでの状態をそのままに投影しすぎたら問題起こるからね、ふつーに。わかるかな。ネットとオフラインの自分をかなりつなげて、しかも何もかもあけすけにしてたら、四方八方に迷惑がかかるでしょう。ネットってものをおかしくしたのは、俺はマークだと思っている。SNSができてからネットは死へと向かった。マークの起業のきっかけとか調べても、こいつ、馬鹿っぽいもん。大学の同級生の女について、男たちが陰であれこれ書き込むのがスタートなんて陰キャラにも程がある。って思ったら奥さんも・・・・・・あぁ、これは関係ないわ。

俺から言わせればネットってのはある種のパラレルワールドであって、こことオフラインをあまりにも融合させると何が起こるのかというと、普通に心が病むというか陰険な世界観が広がる。「友達がいればお金はいらない」とかいう、お金の本質を誤解している声のでかい輩にも同じことが言えるけれど、お金とネットはオフラインの人間関係へのアンチテーゼでもあり、根本的に性質が違うというのをわからないのかね。

昔から人はファンタジーを求めて、ファンタジー産業は栄えてきたのだけれど、ファンタジーに対するお腹いっぱい感と、オフラインに対するお腹いっぱい感の次にやってきたのが、言ってみれば「サードプレイス」なんだよな。スターバックスと同じだよ。ネットはサードプレイスなんだ。フィクションでもファンタジーでもない、かといってオフラインのリアルとも違う、なんというか、感情的なテンションが違う場所。

ジョブズが死んだのが惜しすぎる。ジョブズはグーグルのセルゲイやラリー、それからマークに対しても影響力があって、彼らはジョブズの話を聞きに言っていたらしいけど、ジョブズは彼らに説教してたらしい。

ネットは、ITは、ビルゲイツとジョブズが引っ張ってきた。ゲイツは完全に慈善事業にシフトして、ジョブズは死んだ。リーダーシップが失われた。ITの方向性が失われてしまい、今はビジョナリーがいない。そんな中で、収益機会と世界支配を狙うITビジネスばかりが跋扈してしまっている。amazonもすごいんだけど、何かが違う。

ジョブズ・・・・

惜しすぎる人を亡くした。

今のネットは何かがおかしい。

プラットフォームはもういいんだって。それよりもコンテンツと、コンテンツクリエイターがちゃんと儲かる仕組みなんだって。

ビジネスってのは儲かればいいんじゃない。ちゃんとビジョンを描けるビジョナリーがいないと、事業はおろか、産業は繁栄しない。ジョブズは徳川家康の関東平野開拓ばりの仕事をした。あらゆるものがジョブズの上に成り立っている。今存在しているネットのメガベンチャーのほとんどにもビジョンが無い。

・・・・・・仕方無く、後を継いでやるか。この俺が。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。