京都ではただの金儲け、肩書きは意味を持たない

なぜ京都にはこれほど多くの老舗企業が集積し、今なお増え続けているのだろうか。意外な感じを与えるかもしれないが、京都では自分だけがよければいいという考え方をしない。人と人が、企業と企業とが実は濃密につながっている。日本一洗練された村社会といってもいい。村社会では人としての器量があからさまに知れ渡る。金儲けがうまいだけでは誰も尊敬しない。肩書きもさしたる意味を持たない。人としての器量、力量が京都のコミュニティでは徹底的に問われる。ーp21

なんか、わかります。

高度なバランス感覚、というのを持たないとあの美しさはキープできないでしょう。逆に東京はなんていうか、皆が自己中に傾倒することでバランスを取ろうとしている感じ。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。