夢はいらないけど使命感はいる、あと仕事は遊び・暇つぶし

本田圭佑先生が夢を持て、って言うけど、夢無くても良いと思う。でも使命感は要ると思う。

夢ノートとか書く人いるけど、夢の危ないところは、結構まじで、自己本位的なものだけで完結しちゃうところがある。でも、使命感は本質的に、向社会的であったり利他性がある。

もちろん、初期の段階ではめちゃめちゃ、自己本位的な物欲とか色欲とかで発奮しても良いけど。

スポーツ選手って、プレーヤーという枠に留まるだけなら、ただ単に勝負に勝てる人材になれば良いだけの話であって、夢とかに強烈にコミットしてれば良いんだろうけど、そもそもスポーツ選手が食えるのは、彼らを裏方でマネジメントしてるスポーツビジネスの人たちや仕組みあってこそ。

ふつーにふつーの人生歩むなら、夢とか、勝ちにこだわるとか、ビッグになるとか、そーゆーのはちょっとズレる。

仕事は人生をかけた遊びくらいに思って楽しんで、使命感を持ちつつ、誰かの喜びのために貢献するぐらいがちょうど良い。あとは、自分が苦しくなりすぎないちょうど良い落とし所、塩梅を探っていけば良い。

本質的に人生とか仕事なんて、私から言わせればクソというかウンコなんですけど、それをかろうじてやれるとか、面白がれるのは、そこに人という要素があって、魅力がある場合。

面白い人と働ける。

お客さんが好き。

いい人に恵まれてる。

そーゆーとき。

逆に言えば、人との魅力的な繋がり方、面白い繋がり方、楽しい関わり方ができるのが、良い仕事なんだと思う。

嫌な仕事、向いてない仕事をやることの何が一番怖いかって言ったら、人を嫌いになること、人が怖くなること、人に嫌な気にさせられることなんだよね。

人間的に荒んでるなら、道を間違えてると思う。

上がり下がり体験すると、自分の中でメーターができるから、楽。

どーやったらあとあと人生楽になるか?を考えた時に、振り幅が大きい人生を歩んでおくと、あとあと判断が楽になるっていう点で、すごい良いわ。

 

PS

人と顔を合わせて、地声を交わして、怒ったり叱ったりしないといけない文脈から離れるってのは、私個人に限って言えばスゴイ重要なポイント。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。