最高のチームワークを発揮して生きることが幸せなのかもしらん。

サラリーマン社会で生きてると、嫌な上司がいたり、すごく狡猾なやつがいたりして大変だよな。だから、みんな自己保身を必死に考える。疑ぐり深くなるし、すごくギスギスした気持ちになる。もしかしたら、学生時代からそーゆー気持ちの人もいるかも。

でも、考えてみたら、最高の幸せって、最高のチームと最高の仕事ができたときに訪れると思うんだよね。結局、仕事も、一緒に仕事してる人たちが好きかどうかで、その質が決まる気がする。いや、とか言って割と個人主義なタイプなんだけど。

どんな仕事するか?よりも、誰と仕事するか?で考えた方がより、実際的だと思うわ。幸福度という意味で。

今思えば、そーゆー人の部分をぶっこぬいて、何をやりたいかとか、いくらもらいたいかとか、仕事の中におけるファンクションの部分ばかりに目を向けたりってのを若いうちは繰り返してた気がする。

仕事を通して得られる喜びは、人との関わりの中で生まれてくる。だから、仕事は割と、土地とかで選ぶと良いと今は思う。たとえば、マクドナルドの店員をしていても、日本で感じる感触とアメリカで感じる感触は同じか?って言ったら違うと思うんだよね。

今、サラリーマンに戻ったら、より『正しく』働ける気がするわ。

 

PS

中村俊輔先生がカッコ良い。中村俊輔先生みたいな仕事人になりたい。

でも、思ったんだけど、たとえば本田圭佑スタイルと中村俊輔スタイルがあったとしたとき、時代の要請で本田圭佑スタイルが脚光を浴びる時ってあるじゃん。世代交代というか、時代の要請というか。

時代によっては、あーゆー個性が強くて個人でゲームを動かせる人間に、大衆の支持が向けられる。もしかしたら、その時は中村俊輔スタイルが不遇になるかもしれない。でも、それはそのスタイルが悪いわけじゃなくて、時代や環境と少し合わなかっただけだと思うんだよね。それをズラすだけで凄く輝くってあると思う。

そして、どんなプレースタイルも、最適な環境にハマらないと機能しない。たぶん、それはメッシレベルでもそう。

こーやって考えると、希望が湧くわ。

 

===


マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





800px-LineartPresRev


お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。