格差を是正してもまた格差が広がるメカニズムを見て、人間社会の真理を見た気がした

例えば、

「金持ちと貧乏人の差が激しすぎる!」

とか、

「あの人の給料と私の給料に差がありすぎる!」

とか、

そういう理由で格差の是正が行われたとする。それは国という単位でも良いし、会社という単位でも良い。すると、どうなるか。

 

下の方だった人は、「ラッキー♪」ってなるけれど、上の方は不満になる。相応の待遇をしてもらえないし、人一倍働いて割りが合わないと思ってしまう。こうやって、彼ら・彼女らは外に逃げていく。すると、こういう人たちを、戦略上、「うちでは優遇しますよ〜〜〜」と囲おうとしてくるところが現れる。これによって、衰退するコミュニティと、発展するコミュニティが出てくる。まさに、この「逃げたい人」の囲い込みをやろうとしたのがシンガポールみたいな場所。

 

人間を強制的に均等にしても、必ず、反発が起こる。あるいは、全員が足並み揃えて、「みんなで仲良くやってればいいよね、うふふふのふ〜〜〜♪」ってやっていると、いつの間にか対外的な競争力を失っていて、ごっそりコミュニティごと潰されるってのがあり得る。

このコミュニティを、そのまま守ろう!と思った時。当然、垣根を作って、外との対立構造になってくる。他方、外の世界では活発な交流があるかもしれない。こうやって、どんどん遅れていく。例えば、北朝鮮みたいな感じ?

激しい対立は、歴史的には戦争のフラグになっている。

 

グローバル企業とかがどっかの国家よりも巨大になると、人種や性別に関係なく人材を登用して、同じ職能・職種では平等に扱うようになる。すると、当然だけれど、無能な人はいらないって落とすことになる。

国家なら、これはしない。国家なら、「この国の国民なら救いますよ」っていう態度を示す。

グローバル企業の場合、優秀な人は世界へのチャンスが与えられたり、年齢とか性別とかで差別されないし、理不尽な対応がないからグローバリスト志向な人はそこに集まる。

こうやって、ナショナリストVSグローバリストの構造ができる。世界各国、国旗を掲げて火炎瓶を投げたりしてるのはやっぱり、貧乏な人たちの方が多い。グローバリストたちはグローバリズムの恩恵を受けている。

 

アメリカの州では、

「俺たちは税金払ってるのに、なんで貧乏なエリアばかり警察が警備に回るんだ!」

っていう不満から、富裕層エリアだけが独立する動きが始まっている。すると、切り離された貧乏エリアの税収は落ち込み、ますます治安は悪化し、貧乏が加速する。こうやって、格差はエリアごとにハイライトされていく。

 

豊かな人たちの頭を押さえつけて、貧しい人たちへの再分配や寄付、援助を半ば無理やり義務付けたとする。するとどうなるか。下層の人たちには、フリーライダーが増えてくる。あるいは、甘い基準のままで生きる人たちが増えてくる。一見、平和で良いように見えるけれど、これが将来に大きなリスクを残すことになる。

すごく難しい問題だね。

格差構造の原因が、本当に階級固定化とか、富裕層の特権の行使とかであれば間違いなく問題である。ところが、これが、シンプルに生産性や生産意欲などの差であれば、これはこの差分について下手に埋めるようなことをしたら、全体の危機になる。サッチャーが言った、金持ちを貧乏にしても貧乏人は金持ちにならない、みたいなのはココにある。

 

日本においては、どうだろう?

日本で貧困やってる人たちは、悲劇のヒロインなのか、それとも単なる甘えなのか。それとも、誰も指針を示してくれないから彷徨っているのか。どうあがいても上に上がれない人たちなのか。

人間の能力の差について、いろいろ調べてきたけれど、

  • 軽度知的障害
  • 生まれ持ってかなりの高IQ(東大理3在学中に医師試験も会計士も国1も受かって例えばメンサとか入れてしまうような人)

みたいな場合は別として、一般的には人間の間に大した能力差はなくて、どちらかというと、親がどれだけ教育費をかけたとか、どれだけ教育の機会を与えられる会社に入れたかとか、どれだけ資本装備率が手厚い大企業で仕事したかとか、個人的にどれだけ自己投資してきたのかとか、そういうところによるところが大きいと思う。

それと後、シンプルに、「資本家側」に寄るのか、それとも「労働者側」に寄るのかだね。

 

ジェフベゾスは、

Build something

と言い、

ジョブズは、

Change the world, think different

と言った。

 

貧乏なら、何か、自己主体的に始めることから必要だ。それが儲かるとか儲からないとかは関係ない。少なくとも、上位層は意欲的に生産している。むしろ、そこそこお金がある方が、チャレンジするのは怖いんだぜ。失うものがあるから。所帯持ちとかは尚更そうでしょ。

何かを始まる。

何かをやってみる。

 

貧乏というのは、一つの病。遺伝するし、移る。だから、お金がある人たち、お金に困ってない人たちがどういう人間かを知って、「ああ、そうなんだ!」って矯正していくことからスタートだ。別に、バイトでも良いんだよね。バイトから始めても、多分、そこには正社員登用への道があって、上の人たちの中にはきっと、自力でなんとか上に這い上がって給料を上げた人たちがいるはずなんだ。

うまくいくとかいかないとかどうでも良いぜ。

どうせ、結果なんて刹那的に流れるのだから。

俺は少なくとも、何を学べるのかにフォーカスしてきたつもり。

 

youtuberとかもさ、実際に動画撮ってみたらわかるけれど、サムネイルをどう編集するかとか、効果音どうやってつけるかとか、カットをどうやるかとか、結構大変なんだよ。1本動画を撮るだけでも、結構大変。でも、それをやり続けることで、何らかの生産者になれる。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。