漠然とした希望を自己啓発で与えられた状態はまだ幸福だが、土壇場では疑念がよぎる

騙されて、幸せになる

私のように、自己啓発をきっかけに人生の方向性を決めた人間はどれだけいるのだろう。でも、人間は本1冊で洗脳されるほどバカじゃ無い。それ以前には、強烈な現実体験があって、それを踏まえた上で本に共感するのだ。私もそうだった。

学校教育に抱いた疑念や、労働に抱いた疑念。私にとって、学校や職場というのはどう考えても洗脳の場にしか見えなかった。怖いと思った。仕事で心身を壊し、病んでいく人たち。仕事で鬼のように人格が変わる人たち。そういうのを見れば、そう思うのが普通では無いか?だって、同級生も後輩も皆そうだったけど、22歳の学生期間まではキラキラしているのに、23歳から一気に死んだ目になっていくんだから。

あぁ、社会は恐ろしい。社畜は恐ろしい。

私は早期に脱出できた方だけれど、いい大人達が、今日も泣きながら働いている現実がある。介護職、公務員、広告代理店、銀行、建築卸売、IT、人材派遣、なんでもいいけれど、良い年した大人達がめっちゃ悩みまくっているのを知っている。彼ら・彼女らが、泣きながら「仕事」と「人生」に向き合っているのを知ってる。何度も見聞きしてきた。20時間職場から帰ってないよ・・・・・とか言っている子の話とか、「23連勤してます」みたいな人の話とか聞くたび、「マジかよ」ってなる。やば過ぎる。

ぶっちゃけ、今も「相談に乗ってくれ」って連絡が来ることがある。でも、ビジネスやろうとかは思わないみたいなんだよね、彼ら・彼女らは。

泣く大人たち

自分自身の体験としても、10代の頃から職場いじめの凄惨な現場を見てきたし、先輩や身内にも、仕事を起因として鬱になった人間達がゴロゴロいる。

仕事に対する危機感。

労働に対する危機感。

将来に対する不安。

ずっと、それは持っていた。そういうものを持つのは早かった。それが、自分自身を自己啓発の世界へと駆り立てた。何か、世の中はおかしい。何か、抜け道があるのでは無いか。どうにか人生を変えられないか。違う生き方は存在しないものか。そうやって、必死になって情報を集めた。情報を集めまくった。それをやればやるほど、悲しい現実が見えてきた。普通に生きていれば、奴隷まっしぐらな気がした。

「自分の人生を潰してはいけない!」

ビジョンを持って、人生を変えるべく動き始めた。将来に対する漠然とした希望や、やる気を持っているだけの時は楽しかった。ふわふわしてたからね。将来俺は成功するとか、未来は明るいとか、希望を持っている「だけ」なら、お手軽で楽しい。そのフェーズはただ楽しい。楽チンだ。気持ちだけだから。

だけれど、必ず土壇場がやって来る。自分の覚悟を試される時が来る。その時は恐怖と疑念でいっぱいだった。自分は、変な洗脳にかかっているのでは無いか?と思ったぐらい。でも、開き直った。俺は洗脳されている。それで上等だ!学校界や社畜界と比べりゃマシだ!!そう思っていた。何より騙されていたって、お金を失うだけ。もともと終わっている人生が少し生きづらくなるだけ。何もやらないで後悔するよりは良い。チャレンジしてみようと思った。また、その経験は必ず生きると思っていた。

流されて諦めようと思った時を思い返すと、冷や汗

今思えば、本当に変な疑念に流されなくてよかった。流されてたら、きっと、今頃うつ病MAXだったかもしれない。「周りのテキトウな意見」や、親・兄弟、友人、恋人、先輩、職場の人、そういう人たちから受けた影響の元で生きていたら、人生後悔していたと思う。だいたい、どんな職場でも上の立場にいる人間は「洗脳されている」ものだけれど、熱心に営業哲学を語っていた昔の上司は、鬱で病み退職してた。「俺の人生間違ってた」とか言ってた。こわっ、ってなったわ。ホント。

たまに、「うわっ、かわいそ」って思う瞬間がある。その代表格は、10代後半で早婚して20代後半で別れる先輩とか。すごい彼女の尻に敷かれてて、でもラブラブだった人。女に振り回されたタイプの人。夢ってかやりたいことがあったけど、それを捨てて、女に全エネルギーを注いだけれど20代後半でポイされて、飲み屋でヤサグレてるのとか。もちろん、逆パターンの話も聞く。聞いた話だけど。・・・・本当、あれだわ。残ったのはボロボロのキャリア。うわーって。

会社とか家族とか資格とか、そういうものに全精力を注いで、全く報われずにハッピーエンドどころかデッドエンドを迎えた話をよく聞いてしまう。すごい怖いっ、って思う。そのストーリーの背後にあるのは、あまりにも周りに流されてしまった人たちの末路。どれだけ親身なアドバイスを受けようと、どれだけ近い立場の人からアドバイスを受けようと、全然ダメなんだな、って思う。親ですからダメなんだから。そこらへん、一線を引こうと決意した若い自分はぐう有能だった。親の言うことよりロバートキヨサキの言うことの方が合ってた。なんか知らないけれど、親であろうとなんであろうと、日本には若い人間に対して「社会は甘くないぜ?お前も揉まれてこいよ?」的な苦労推奨型の人間が多すぎる。そして、彼らは自分がした苦労、例えば「サラリーマン15年」とかと同等のものを若者に押し付け、お前もやってみろよ的なことを言ってくる。

美しい景色、泣く

サラリーマン10年の働きを、3年に凝縮して業火の経験を積むのが起業ってやつ。しかも、自己資本を危険にさらして、プルプル震えながら、時には貧乏したり借金背負いながら勝負するのがビジネスするってやつ。会社の金なんかじゃないし、給料がもらえる保証もない。そんな経験と激務をさっさと積んでしまう。その代わり、その先で得られるものは大きい。あまりにも大きい。何より、努力の方向性があっていれば、返ってくるものが大きいから踏ん張れる。マジで良かった。金持ちじゃない親なんかに、キャリアの相談とかしてはならない。舵を取らせてはならない。絶対後悔する。いとこに、おじいちゃん・おばあちゃんの言うことを聞いて人生を決めた奴がいるけれど、マジで可哀想。本当、死にそうな顔しながら働いているからね。しかも、介護要員になるべくしてしっかりとレール引かされている感じがなんとも言えない。

正直言って、これまでに金をつぎ込んできた書籍やセミナー、情報などの発行者全員に泣きながら感謝を言いたいぐらい。教えてくれてありがとう。洗脳してくれてありがとうって。人生、本当に救われたと思う。「労働者」としても明らかにカースト移動できたからね。まさか、自分がそれだけの給与をもらいながら人様の事業の中で働くようなキャリアを提示されるようになるとは思わなかった。まぁ、行かないんだけれど。

鈍行列車に乗って、ふらっと寄ったラーメン屋でラーメンをすする。美しい景色を眺める。誰にも邪魔されない。ゆったりとした時間が流れている。美しい田舎の風景が目に飛び込んでくる。まるでそこはパラレルワールド。都会の喧騒から離れることができ、人間社会に付きまとう悩みの数々から解放される。

こんな世界があるんだ!こんな生き方ができるんだ!ってのは、今はもう思わなくなったけれど、毎晩、毎朝感謝する。感謝の念が降ってくる。過去の自分はそうだけれど、過去の自分を散々、変えてくれた情報たちに。一度でも、疑念の気持ちを思った自分をぶん殴ってやりたい。くそ野郎って。そもそも、自分には失うものも何も無かったはずだ。どう考えても、勝負に出た方が良い人生だった。弱者が勝ち上がるためには、一点集中しないといけない。これは戦略論としても理にかなっている。守りに入るのは強者がやること。弱者は、安全性をおろそかにして1点集中だ。

18歳に戻ったら何しよう?

人生をやり直すとしたら、どうしよう。まぁ、願わくば、学校の勉強はもうちょっとちゃんとやりたい。そして、大学の学費を一切かけずに、ゼロで大学に行くコースを採択する。そして、奨学金でもなんでも良いんだけれど、とにかく借金を起こす。600万円ぐらい。800万円ぐらいでも良いね。そして、それらを全部自己投資にぶっ込む。18〜22歳の時期に、それができたら化けるね。バケモノになるね。何よりやっておくべきことはエックスサーバーかyoutubeか知らないけれど、そこにアウトプットをぶっ込んでおくことだ。あと、若さを生かしてどんどん、面白いものに首を突っ込んでおくことだ。まぁ、やったんだけれどね。もっとぶっ飛んでて良かったと思う。特に過去の自分にイチオシは自己投資だ。リターンと回収スピードがハンパない。逆に勧められないのは大学の学費とか資格かな。大学は学費免除で行けるコースを強くオススメする。英語はどっちでも良い。5科目はちゃんとやっておいた方が良い。簿記とかプログラミングとかも別に、微妙かな。

二十歳過ぎれば100万ぐらいは誰だって調達できる。これをその時々、正確な方向性を決めてしっかり投資すれば、とてつもないリターンが期待できる。これで勝負ありだな。もちろん株とか投機の類じゃない。自分の人的資本をグッと引き上げてやるもの。まぁ、19歳過ぎてからやるのは、別に今の人生と変わらないな。18歳ぐらいの時に思い切ってやるべきだね。それぐらいの博打打ちは。西園寺さんが18歳になって一番嬉しかったことは、車の免許を取れることでもなければ、高校を卒業できることでもなくて、親の承認さえあればクレジットカードが作れることだった。あれ以降、とにかく、節目をみてはとにかく「借りれる」カードをガンガン作ろうとした。そしてガンガン本を買い込んでは、その本を大量に読みまくって即転売するとかよくやってた。もちろん、何度も限度額いっぱいでカードが止まった。あとは分割でノウハウを買って、その返済をしながらノウハウを試したり(営業手法の教本みたいなのを買ったりした)。当時はメルカリとか無かったから、フリマで買ったものをヤフオクで転売したり、うまい抱き合わせ販売を考えたり、知人・友人から集めたものを転売したりと、いろんな金策をしたと思う。

18ぐらいで、腹括って600〜800をガチッと決めたビジョンに向かって、ぶっこむことができてたら最強だったと思う。逆に、過去に株や投機系、それから不動産の情報収集に使った時間と金があるけれど、それは全部ポイしてしまいたいね。あぁ、あれは無駄だった。400ぐらいを大学の学費に費やしている人、それを借金として背負って社会に出ている人はゴロゴロいる。でも、その400の使い道をズラすだけで、人生は大きく変わるんだろうな、って。今ならね。でも、とにかく大枠は間違えてこなかった。

保険、ファッション、投機、資格、家、車、学校、恋愛、結婚、親兄弟、友人、上司、常識、おじいちゃん・おばあちゃん、こういうものに全く人生を振り回されることが無かった。貯金や現金にも振り回されることが無かった。ちゃんと、情報を集め、考えて、しっかりとした自分の道を一歩一歩、踏みしめてきたんだと思う。ニートやフリーターを拗らせることも無かった。再起不能レベルに近い、むちゃくちゃデカイ借金を作るようなこともしなかった。何より、明らかにセミリタイヤするのが早かった。しかもしっかりとしたスキルや知識を残したままで。自分の中に力が宿った状態で。これはスゴイ。自分でも本当によくやったと思っている。

 

===


マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





800px-LineartPresRev


お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。