結婚と家系 (移民は3世代で豊かになる)

よく、3世代で財産食いつぶす、っていうけど、アメリカの移民たちは、3世代でようやくカーストチェンジできる感じ。

新しく移住した新民族をxとしたとき、そのXがひたすら差別を受けて、最下層で仕事する状況を抜け出すのは、そのxの孫の世代。

つまり、xが相当苦労して、子xが少し普通の生活になって、孫xの代でようやく上流に食い込めるチャンスがある。

25歳で子供を産んで、その子供が20歳になったら社会階級が決まる進路を決定すると考えると、

xが45歳 子x20歳 子の進路決定

xが50歳 子x25歳 孫の誕生

xが70歳 子x45歳 孫の進路決定

つまり、かなり苦労した70歳代のおじいちゃん、おばあちゃんがいて、その家系が順調に財産を蓄積してたら、孫あたりでは人生がイージーになる。

 

結婚というのは昔から、家系の結びつきである。そう考えると、子供の結婚に親が口出しをするのは、仕方の無いことかもしれない。リレーと同じ。リレーが乱れてしまうのである。この極みが貴族や皇族の類であって、特に税金で食べている皇族に関しては国民からの監視の目が強く、そのせいで一時期、小室圭氏などはやたら叩かれたのであろうと思う。

家系単位で考えると変な奴と結婚するとヤバイし、個人単位で考えても変な奴と結婚するとヤバイ。

 

言い方を変えると、優れた家系同士の結婚はイージーである。三代続けて医者をやってきた家庭と、三代続けて政治家をやってきたような家庭の結びつきにより、生まれた子供はどうか?

両親、および両家からの支援力がある。コネクションもある。人生、うまくいくことが決まっているようなものである。

出産、育児はチームスポーツである。子供は、親、親戚、友達、おじいちゃんおばあちゃん、地域コミュニティなどで育て上げられていく。

 

結婚を新たな家庭作り、遺伝子のバトンタッチと考えれば、必ず向き不向きはある。

女性が結婚にあれだけ必死であるのは、『クラスチェンジ』のチャンスでもあると考えている人がいるからだ。玉の輿とまでは言わないまでも、結婚によっ人生を少し変えるチャンスがある。

 

そもそも、結婚は昔、政略的に行われるのが当たり前であってし、その後もお見合い結婚などがあり、自由選択になったのは最近である。

就活と同じく、自由になりすぎたからこその悩みも増えている。

 

自ら背負った血統、宿命に左右されるのが結婚。あんまり、こんなものに希望とか夢を抱きすぎない方が良い。

あなたがどっかの企業の株を買う際、その企業の取引先や親会社、取引銀行などを調べるように、あなたも精査されているのである。結婚という家系問題は、個人の力でどうこうできない問題の中の1つとも言える。家系のハンディを跳ね返すほどの成功を掴めば話は別だが。

 

そもそも経済力や社会性無くして、結婚や出産育児など不可能であるし、本田圭佑が『子は社会からの預かりもの』と言うように、子も社会を前提としたもので、何ら親個人の専権的な所有物では無い。生まれた瞬間から、両親のDNAと教育という運命の鎖を背負っていく。

そして、職場で結婚の報告があったり、両家の挨拶などがあったりするのも、ある意味、当然だと言える。つまり、両親だけで完結する問題では無いから。

 

こう考えれば、あきらかに向き不向きの問題はある。家系のディスアドバンテージをくらってる人にとっては、新たな家庭作りは非常に困難であろう。

あんまり、家庭作りを当たり前のことと思わない方がいい。

 

 

PS

人間が本当に不幸になるのは、自分一人が不幸になるというよりも、自分と同等、あるいはそれ以上に大切な人がいてその人が不幸になるのを見るとき。

つまり、生まれた瞬間から、幸福になりやすい体質と不幸になりやすい体質は決まってる。

そして、大人になって、大切な人たちとの関係を作っていこうとした時にも、ハズレ家系のディスアドバンテージをくらって、うまくやっていけないってこともある。そのままズルズル、社会で遅れることもある。

運命共同体やパートナー、仲間を増やしていく活動は、底辺であればあるほど、相乗効果を狙ったり、よく考えたりしていかないといけない。

手を組む相手、手の組み方次第では吉とも出るし、凶とも出る。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。