起業か?就職か?オレはどっちも捨てた

働きたくない病をこじらせています。

オウンドメディアを立ち上げると質問やらなにやらでメールが来まくります。過去、運営していたサイトでひっきりなしにメールが来て嫌気がさしたことがありました。レスポンス自体はありがたいのですが、そもそも電話の着信すら嫌いな私。そこには、返事返せよ、といったような自由を逼迫する圧力を感じさせてます。残念なことに、モテてしまうと送られてくるメールの内容も量もヘビー。それらに肉体的にも精神的にもまともに向かい合ってたんじゃあ死んでしまう。命がいくらあっても足りない。事務的に簡素に返事するか、取捨選抜するか、返事しないか、それとも人気メディアのプライドを守るために徹底的に相手するか、そーゆーことで昔死ぬほど迷ったことがあります。そもそも95パーセントのブロガーがウェブの大海に小石の一石すら投じられない中、そんな幸福な苦悩はありがたい、、、けどね。前は本当、ジャンルというかテーマがテーマだったので辛かったなー。衝動的にサイトやめよう!なったけどね。で実際やめたけど。

(そのサイトを軌道に乗せるのにかかった11ヶ月の過激な労働と、そこから将来的に得られたはずのキャッシュフローに目をつぶりました。)

さて。今回話したいのは起業と就職について。結論から言うと、西園寺は起業も就職も選ばなかったぜ、って話。資産で食べる、資産に食わせてもらうって道を選んだ。そしてそのために、起業家的手法をたくさん使った。でも、本当は起業家ではない。起業家みたいなセルフイメージもってない。起業家はもっと働くだろ!世界にインパクト与えてるだろ!ってね。就職もせず、起業もしない。そして資産に食わせてもらう資産家になる。そしてその資産は、我流で勝手に構築する。我ながらナイスアイデア!って。この基準でいくと、世の中で資産とされてるっぽいものが資産にならなくて、ビジネスに関しても取り組む価値があるものとないものがあることに気づく。ビジネスで一生懸命悩んでる人を前にすると、いつも思うことがある。それやめたら?ってこと。そのビジネスやってる限り、そーゆー問題は連鎖的に起こり続けるよって。一生懸命、問題に頭を抱えてるけど、その根本的な原因はそのビジネスモデルそのものだよ、って。

起業というよりも、マネタイズというのでしょうか。しかも、オートメーション化されたマネタイズ。お仕事何ですか、どうやって稼いでいるのですか、という質問はその質問自体が思考の方向性を誤らせてる。思考とは問いの立て方であり、その質問は何というか、お金稼ぎを型にハメようとしてるんだよなー。起業もしない、就職もしない、それで飯は十分に食べられます。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。