金使わん奴はダメ。風俗で謎の無駄遣いするぐらいじゃなきゃね。

金使わん奴は無理。本人も気付いてるだろうけど一生そのまま。人間誰だって、『あれ、俺ってもしかして、死ぬまで一緒このままなんじゃ?』って思うけど、それ、100%あたる直観。いや、もしかしたら現状維持より下がるかも。

60分に日給をつぎ込んで、ママとエッチするという謎の罰ゲームを味わうかのような謎の金遣いの先に生まれる金からの解放感。なんだこの無駄な金遣いは、っていう感覚をたっぷり味わう。

労働者と違って、資本家はリスクをとらなくちゃいけない。労働しない生き方をしたけりゃ、リスクを取らなきゃいけない。その上に、図々しく寝る根性が無けりゃいけない。給与じゃ金持ちになれない。一生抜け出せない。金を燃やさなきゃいけない。広告でも良い、儲かるあてがないビジネスのサーバー代とドメイン代とメルマガ代と決済システム代でも良い、オフィスの家賃でも良い、バチバチと諭吉を炊いて勝負しに行く世界。とにかく、お金に固執して震えてちゃいけない。もはや金を金と思っちゃいけない。

定期的に戦争映画を観るのは良いトレーニングになる。

平和な国でお給料だけで生きてたら、おチンコから腐っていく。だから色気が無いのだ。だからモテないのだ。この男は綱渡りの中で生きてきて、目が青く燃えている、と感じさせよ。人は、そこからセクシーさを感じる。金額の多寡ではなく、『見えない闇の中』を歩いてる感じが重要なのだ。

リスク取らないならリターンは無い。リスク取らずに、自分に何か恩恵あると思ってたら相当ナルシスト。知的エゴイズム。少なくとも、自分の財布の紐のかたさが、そのまま入りの蛇口のかたさになってることに気づくはず。それがなぜかはなかなか気付けないもの。

コツコツ貯めて蓄財も自己啓発本に騙されてるだけ。特定の条件下でしか機能しない。昨今は金余りで金融機関がじゃぶじゃぶで、サラリーマンに不動産融資するとかのブーム、動きがあったからそういう意味でも貯蓄信仰はサポートがあったかもね。紙を買う話も、特定の時代、特定の国を前提にしてるし、適切なスパンを見て、他の比較対象と重ね合わせたら結構勿体無いことしてるかもよっ。インフレに対抗とか、気持ちはわかるけどね。定年退職を楽しみにしてるのとなんも変わらない。

もし、自分が過去に貯蓄してたら?って考えるとゾッとするもんね。

冷たい現実を教えよう。これは真実だ。

裕福な親戚がいない。

生まれ持って特別な階級にいない。

だったら、大多数の貧乏人、いわゆる平均から抜け出す方法は一つしかない。

リスクをとることである。

ぬるま湯に浸かったまま、心地よく人生を変えられるなんて幻想だ。どうなるかわからないことに頭突っ込むことにならない限り、何も変わらない。

肝を冷やし、背筋が凍り、不安で眠れない経験が必要なのだ。

11ヶ月、1日11時間働いて文字通り1日にもならないような経験、1日に広告で二桁万円を燃やす経験、高額ノウハウを買う経験、未知数のツールを買う経験、、、、、

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。