#1 どうしようもない人向けのゼロからの再興講座

普通、人は「自分と似通ったようなグループの人」と接します。

なので、外の世界がどうなっているかわからないし、下の世界がどうなっているのかもわからないものなのです。

西園寺さんは、比較的、そういう垣根をぐいぐい越えていけるタイプです。自分自身の人生でそれを体現してきたし、普段からいろんなルートで情報を得ています。

 

ただ、どうしても「本当に底辺の人」の状況とか気持ちを・・・・もう、忘れがちです。

なので、今回は改めて、「本当に何もない人向け」の情報を発信したいと思います。

 

貧乏、無学歴、どん底、無能、何も無い・・・・みたいな人は、必見です。

すごい価値ある情報です。

 

本当に何も無い人は、目を見開いてよく読んでください。

100回ぐらい読んで下さい。

私も、本当に何も無い人間だったのですから、もしかすると、今からお教えする情報が、私の知っている情報で、一番価値がある情報かもしれません。

 

まず、はじめに。

あなたの覚悟を問いたいと思います。

 

本当に、現実を変えたいのか?

これに答えて下さい。

 

本気で考えること。

 

ほとんどの人間は、結局、現実から目をそらします。逃げます。変な夢想、変な希望、変な妄想の世界に生きていきます。

 

断言しますが、ほとんどの大人は仕事に満足していません。就職に失敗しています。結婚もそうです。人生失敗しているんです。傍目から見ててわかるでしょ?失敗してんな、って。でも、本人はそう言わない。そう思いたく無いわけです。

いい歳した大人に、自分自身の結婚について、仕事について、過去の事業の失敗について語らせると、「つらつらと言い訳のようなこと」「子供みたいなこと」ばかり喋ります。つらつらと勝手なご解釈を語って頂けます。

こういう大人だらけです。

あなたはどうなりたいんですか?

日本人は結婚して、そのうち1/3が離婚します。かろうじて持っているカップルも、幸せだと思い込みたいだけで内実はボロボロ。浮気や不倫はあちこちで繰り広げられています。仮面夫婦は多いです。思い込み夫婦、思い込みカップルも多い。みんな結局、テキトーに気持ちいいことに浸ってるだけ。自分の心地よいことに浸ってるだけ。そもそも、世間体と常識に流される思考の皆さんですから、周りに向かってリア充アピールに必死。それをやっているうちに幸せかも、と思い込んでいる。

そもそも、本当に幸せな人はSNSをやりません。

 

若い人は、将来を意識し始めると、電車の中にいるサラリーマンを見て、

「やばい」

と思うでしょう。

 

あるいは、そこらへんのおじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんを見て、「やばい」と思うでしょう。

 

残念なことに、あなたもその「やばい」人になる可能性は高い。

というか、そのやばい人にすら満たない可能性も高い。

 

危機感を持てるかどうか。

これは一つポイントです。本気で人生を変える人は、危機感の持ち方が普通の人とは違う。

 

人生を変えられる人の行動力の源泉は何か。

恐怖です。

 

たまに、無能な普通の方々が、すごい人たちを指して、「いやぁ〜、あそこまでの行動力は持てないよねぇ〜」とか、「あの人たちの真似はできないよねぇ〜」とか、「才能がある人は良いよねぇ〜」とか、テキトーなことを言います。

違うんです。

動ける人、変えられる人、すごい人たちは、普通の人たちを見て、

「こいつらは自殺願望があるのか?死にたいのか?危機を感じないのか?」

という、疑問と気持ち悪さを抱えています。

 

私も、日頃から人と接していて、恐怖を感じることがあります。

こいつ、自分のヤバさをわかっていないのか?と思う人、本当にたくさんいます。

 

こういう人たちは、「脅すな!!」とか言ってくるわけですけれども、脅すわけじゃなくて、普通にやばいんです。怖すぎる生き方をしている人は、腐る程いる。

 

人間にとって正常な状態とは、やばいものをやばいと感じ、その恐怖の元にちゃんと行動できることです。

体に刃物が刺さっていたり、全身の骨がボロボロなのに、ヘラヘラして歩いている奴がいたらホラーです。ゾンビです。

赤ちゃんが包丁に近づけば、まともな親なら、「やばい!!!!!!」と、汗ダクダク、背筋が凍るはずです。

 

いわゆる普通じゃない人たちは、普通の人たちを見て、背筋を凍らせているのです。

こいつら、やばい、頭おかしい、と。

私は昔から、「やばい新興宗教の会合に出席している人たち」「いわゆる普通の人たち」を同レベルでやばいと思い続けてきました。大衆はやばい。ヤバすぎる、と。

ある意味、一周回って「皮肉な尊敬」の念を持って、遠目から奇異な行動をする動物を眺めるようなを面持ちでいると言っても良い。「なんでそんな危なっかしい生き方ができるの?死にたいの?人生詰みたいの?何も考えていないの?」と。

 

いいですか。

普通のサラリーマン、OLとかは、やばい人たちなのです。

あれが普通ではありません。大衆が狂気なのです。

 

私、あんまり「普通の人たち」が何を考えているのかよくわからない時が多くて、それの勉強のために、人気と共感を得ているコンテンツに触れたり、いわゆる普通の人たちとよく話をするんです。

その際、彼らが何を考え、何を感じ生きているかを覗くのですが、本当にゾッとする。

 

頭おかしい。

馬鹿にしているわけではなくて、彼ら・彼女らの、感覚の麻痺具合というか、鈍感力とか、危機感の無さに恐怖を覚えるわけです。

宇宙人を見るような感じ。

 

サラリーマンモデルの醍醐味というか、旨味があった時代は終わりました。大衆は、やばいんです。

 

人生を変える人は、普通の人を見下すわけではなく、普通の人たちと自分との間に一線を置いて、「なんで周りの人たちはみんな、こんなに悠長なのだろう?」という恐怖を覚えながら、必死に自分を律するものなのです。

だから自然と距離を置きます。

やばいカルトの教祖に近づきたくないでしょ?あれと同じ気持ち。洗脳されてしまう・・・・みたいな。

 

世の中の人は、「洗脳されているか否か」を多数派か少数派で決めたがります。多数派の中に普通を求めたがります。

彼らの論法に乗ったとしても、「現代とか今」にとらわれず、時間軸を広げてみれば彼ら自体のおかしさに気付くことは多々あります。例えば、せいぜい直近50年、100年しか通用していないものを絶対正義として信じ込んでいる人間だってゴロゴロいるわけで。あと10年、20年すれば絶対やばくなる奴が、現実から目を背けて「今を楽しむ」とかわけわからんこと言ってたりするわけです。

そもそも、学校の先生とか教授とか親とか友達とか、ヤバすぎる奴らですからね。とりあえず、大衆がどれだけヤバイか、ってのはネットを見てたり、コールセンターで働いて全国からクレームを受けたり、東京の人混みに揉まれていたりすれば普通に気付くはずです。

 

ある種のヒステリックさではないですけれども、世の中の人間がみんな、「狂気の渦の中」にいることがわかってしまう。

みんな、狂気だと。感覚がバグってると。なんで「お前ら、この調子でヘラヘラしてられるの?」という感覚。馬鹿にするわけではなくて、世の中の人の鈍感さに、恐怖を怯えるわけです。自分は、自分を律しないとやばい、と思う。

 

危機感です。危機感。

優れた経営者・起業家の話を聞くと、彼らがいつも、危機感に苛まれていることがわかります。ビルゲイツなんか、明らかに大成功している状態の中でも、毎晩のように思いつめていて、側近が「強迫観念に囚われている」と証言していたぐらいです。ジョブズに関してもそう。ユニクロの柳井さんも、孫さんも、「危機感」に関する言説はたくさん出てきます。

面白い人生を送る人たちも、「人生の有限性への危機感」「限りある命への危機感」「限られた若さへの危機感」を持っています。

 

西園寺さんは、若い頃から、夜の産業やギャンブル、バイク、学校放棄など、周りの人間が「それ危ないからやめとけ」ってやつをガンガン実行してきました。その代わり、例えば、

「自由市場における恋愛とか物凄くやばくね?結婚ってやばくね?」

みたいなことをずっと、普通に思ってきました。今思えば、当たってたと思います。

昔、お見合い結婚が主流だったのは、世の中の人間に、「無駄なエネルギーを使わせないため」でした。そうです、自由なマッチングの元における恋愛活動は究極の無駄なのです。部活でも、スポーツでも、学校でも、アイドルでも、本当に厳しいところは恋愛禁止にします。男女を別離します。

 

私は若い頃から、「お前ら、こうやってアホみたいに恋愛活動にエネルギー注ぎまくっているけれど、やばくね?」ということを、同級生を見ていつも思っていました。

例えば、「彼女いない歴」「彼氏いない歴」が長い人を見たりすると、「えーっ」と騒いだりする文化?風潮がありますが、あれもおかしいとずっと思っていたんですね。

 

まぁ、案の定、キャリアの土台ができる10代後半〜20代前半に、恋愛にうつつを抜かし過ぎた奴らはみんなボロボロです。

だから言ったのに。

 

何かをやる人、変える人は、普通の人が危機感を持たないようなゾーンにまで危機感を持ちます。テキトーな自己啓発で自分探しとか才能発掘ごっこしている暇じゃないとわかってる。自分がやばいとわかっている、世間のあらゆることがヤバイとわかっているものなのです。

だから、お友達がいくら飲み歩いて遊んでいようと、結婚だなんだしていようと、周りの人が家だの車だの保険だのでがんじがらめになり大人しくなっていこうと、親がどー言っていようと、ノイズをシャットアウトしてやるべきことに集中するのです。

アホな彼女とかともさっさと別れる。

 

人生には順番があります。

正しい順番を守れば、全て手に入るようなことも、順番を間違えただけで全部手に入らなくなることは往往にしてあるのです。

 

今、何もない人に言いたいのは、順番を意識せよということです。

無駄なことをやってはいけない。

 

恋愛ごっこしてる暇あるの?飲み会行ってる暇あるの?お友達とじゃれあっている暇あるの?俺には無限の才能が・・・とか夢想している暇あるの?

そういうことです。

 

人生を変えるために、一番大事なこと。

それは危機感です。

危機感や恐怖の持ち方です。

 

何に対して、ヤバイ、怖いと思うのか。

 

人が変われない理由は、心地よいところに安住しようとするからです。快適なところから逃げようとしないからです。

しかし、今いるところや今の自分が相当ヤバイと分かれば、話は別です。

 

大人の人は、みんな優しいし分別があり、何より他人のことはどうでも良いと思っているので、人を脅かすようなことを言いません。

 

しかし、はっきりと言いますけど、大体の人はやばいですからね。

普通にやばいでしょ。

特に、若さや時間についてはタイトに考えること。

 

たまにアホな30代が、「20代に何がわかる」とか「人生は長い」とかわけわからんこと言っていますけれど、人生はほとんど、10代〜20代で決まります。スティーブ・ジョブズや矢沢永吉も同じようなことを言います。孫さんも若い頃に立てた志でほとんどが決まると言いますね。

別に、難しいことを考えなくても、35は決定的なタイムラインだと、常識的な感覚でわかるはずです。結婚にせよ、仕事にせよ、35は決定的なラインとして存在しているのはわかると思います。

また、誰が言っていたのか忘れましたが、「人は、自分が35を超えてから新しく目にしたものに対して大体否定的になる傾向がある」と言っていました。わかりますか。もう、脳みそ的にオワコンなのです。そもそも、既存の何かのもので這い上がれない人間が、逆転するチャンスは「新しいものや変化」に対する姿勢にしか無いはずですが、もう、詰みですよね、そういう脳みそになると。

 

つまり、35以降は救いようがありません。

非常に高い確率で、これまでの人生の延長が進みます。唯一、希望があるとしたら過去の自分を全否定するぐらいの勢いで、まっさらになることだと思います。ポリシーや一家言持ってしまっているのだから、そこから動けなくなるのは当然でしょうね。

もし、私が35過ぎてて人生を変えたいと本気で思ったら、一回、どん底に落ちるでしょうね。そうやって落ちてはじめて、自分を全否定して変われるのです。

 

30近くになると、何もやり遂げていない自分に失望して、少しずつモチベーションを失いながら、周りや世間のプレッシャーに負けていく。そして、だんだん普通の大人になっていく。これがお決まりのパターンです。10年前は夢を語っていた人も、こうやって普通になっていくのです。

 

いかに20代が大事か、です。

がむしゃらに働く。学ぶ。借金する。失敗する。挫折する。何かを起こした結果として、そうなるのであればそれは必ず、あとで回収できる大きな糧になるはずです。

 

ダメな大人から影響を受けてはいけません。

 

===


マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





800px-LineartPresRev


お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。