<1>好きなことをやる <2>勝てることをやる <3>諦める

多分、人生って、

  1. 好きなことをやる
  2. 勝てることをやる
  3. 諦める

の順番のような気がする。

まず好きなことをやってしまう。ここでうまくいったら万々歳。正真正銘の勝ち組。まず、好きなことをとことんやってしまおう。トントントーンと行っている人は、悩んでない。好きにやって、そのままだから。トントントンだから。悩んでない人は悩んでない。

好きなことをやって、「ダメだ」ってなった場合。お金もない、女もない、虚しいみたいになった時に、人はおそらく「成功」とか「勝ち」にこだわり始めるから、ここでコースチェンジが起こる。ちょっと別の世界観に迎合してみるかーってなる。

で、それでもダメだった場合、諦める。妥協するという道がある。諦めるってのは何もやらないっていうことじゃなくて、とりあえず何かやる、みたいな。でもこの諦めるにも、「前向きな諦め」があると思う。仕事じゃなくて趣味に逃げようとか、仕事を最小限にしていかに効率的に稼ぎ遊ぶか考えようとか。

 

若いうちに好きなことやらないでいた結果、黒い煙を上げている人を見てきました。そして「勝ち」と「成功」に走りにいって、それでも微妙な感じになった結果、「うーーーん」と悩んでいる人をたくさんみました。好きに走ってもダメだったし、成功に走ってもダメだったみたいな。そこで、諦めというか妥協に走る。脇道にそれる。これもこれでアリ。全然アリ。だって、一通りやった結果それなのだから、それで満足できるなら良いじゃん。やったことがないのに「どーなんだろー」って悩むよりはね。だって、心の中でずっと誘惑の声があるから。

もしくは、1からやり直すってのもあるね。好きなことを再度探し始める。そしてそれをやってみて、またダメなら、次は別の成功・勝てる何かを探す。それでもダメなら、妥協してみる。この繰り返し。2周、3周、4周しても全然良いね。

 

夢とか好きなことって、とことんやってみて、心の中で納得できたり、粉々に砕けてはじめてスッキリと変えられるものだからね。中途半端にアクセルとブレーキを同時踏みしていて、うだうだしていたらそりゃあ、次に行けない。まず、好きなことをとことんやってみる。それでダメだなって思ったら、成功に走ってみる。少なくとも普通の大人としてそこそこの勝ちを狙ってみる。あるいは妥協してみる。

好きなことは、なんていうか、とことんやって「無理だ」「ダメだ」「向いていない」「負けだ」「好きなことやってるけど幸せじゃない」っていうのは、ちゃーんと味わいたいところ。ちゃんと粉々になりたい。成功とか勝ちに行く場合もそうだね。でも、ほとんどの場合は、「成功」「勝ち」を狙いに行って、ある程度のところで収まるのだけれどね。

だって、迎合するのだから。

そこで迎合しきれないのは、最初に好きなことをとことんやれなかった証拠。好きなことをとことんやっていた人は、「ダメだ!」って切り替えた時、そこで一生懸命できるから。

結局、何にしても、アクセル踏み切れない人は、つまみ食いを続けて回るような人生を送ることになるのだね。

 

人生に不満タラタラな人を見てきて、何度も思ったことがある。

何万回を思ったことがある。

 

「で、何がしたいの?何でしないの?」

 

やる前から見通せるとか、失敗したくないとかわけわからないこと言うのだけれど、結局割り切れていないから、うじうじとし続けている。俺ならさっさとやって、心の整理整頓をつけることを優先するね。

結局、全てはメンタル。全てはマインドセット。心さえ正しければ、絶対成功するんだよね。スポーツダメでしたー、勉強ダメでしたー、とかなったら「仕事するしかねえじゃん!」とかそういう感じになるでしょ。

 

勝ってもないし、負けてもないし、上でも下でもない、突き抜けていないゾーンの人たちの悩みが相当深いのは知ってる。

そして、大学生とか高校生とかで、人生諦めかかっている人たちがよくいう「普通に幸せに暮らせたら良いんです」ってのはまさにその突き抜けていないゾーンを指しているのだけれど、こういうマインドセットの人は最終どうなるのかというと、下層、最悪底辺に落ちる。

普通の幸せが思いの外、遠かったことを後で知る。

 

「普通」ってのはあれこれチャレンジして、血と汗と涙と、右往左往の結果手に入るもの。あるいは、妥協したゾーン。

「下層・底辺」ってのは何もしなかった人。

 

実際、その通りになっていると思うよ、いろんな人を見てきて。

下に落ちている人って、何もチャレンジしなかった、もがかなかった、ただただ流されてました、無欲・無思考・ゼロチャレンジ・怠惰、みたいなのが多い。

 

じゃあ成功者は?

諦めなかった人だね。

サイクルを回した人だね。

あるいは、「とことんやった人」だね。

好きなことをとことんやったからうまくいった。

あるいは好きなことをとことんやってダメだったから、成功や勝ちに行くためにとことん迎合した。「自分の好きとかドウデモイイ」って泥水すくって飲むようなスタンスで突き抜けた人。

成功者って竹を割ったような性格で、スパーンスパーンとしててわかりやすいってか、軸が通ってるでしょ。男らしいでしょ。

この俺のように。

 

成功ってしないはずが無いんだよ。

マインドさえ正しければ。

 

自己啓発とか舐め腐ってる、そこのお前、聞いてんの?

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。