マーケッターがどうあがいても嫌われる理由を説明しよう。友達いない奴の天職、それがマーケッター。

若年層サラリーマン向けの記事を書くとする。若年層サラリーマンが、『仕事しないおじさんを嫌っている』としよう。そういう事実があるとしよう。そういう層を惹きつける記事を書きたいとする。

リサーチ結果をもとに、かなり煽りの強い文章を書くことになったとする。働かないおじさんを目の敵にして徹底的にディスるような内容だ。

若い世代と年寄り世代の働き方が違うことや、役職・ポジション別の動き方の違い、会社の収益の仕組みなどについて若年層が理解に乏しいとする。つまり、働かないおじさんが本当は価値あるおじさんだったとしよう。

働かないおじさんが過去、会社に貢献をしていたことであったり、マネジメントに求められるマネジメントらしい仕事の回し方をしていたり、若手のように作業ではなくて頭一つ、短時間で高い価値を生み出す仕事をしていることを、ターゲットの若年層は知らない、理解できないとする。

こういう層にツラツラと説教や講釈垂れの文章を届けても、響かないとしよう。上記したようなおじさんの価値を正当化する文章、おじさんの価値を説明する文章を届けても意味がないとしよう。理解されないとしよう。

マーケターやコピーライターは、人間が正論で論破されるのをすごく嫌っていることをよく理解している。人は論理ではなく感情で動くことをよく知っている。

だから、ターゲットを正論で叩きのめさない。ターゲットを援護射撃するとする。

マーケッターは収益責任の最前線にいて、投資対効果、費用対効果の悪い施策を打てないとする。すると、この場合、『働かないオヤジはクソだ!』的なテーマの記事が方向性として採択されたとする。しかし、こういう記事にはオヤジ層からの反感が集まるだろう。そして、オヤジ層は『いかにも頭の悪い若いライターが書いた記事だな!』というようにこれまた感情的にレスポンスする。しかし、書き手はそんなこと、わかっているかもしれない。わかってやってるかもしれない。

雑誌ライターの文章内容の稚拙さや底の浅さに反感を覚えたことがある人は多いだろう。

書店の底の浅いビジネス書に辟易している人は多いだろう。

炎上マーケティングがいつまでたっても理解できない人は多いだろう。

でも、世の中には駄文を綴りながらも、その駄文の知的水準の低さにイラついている人より稼いでいるライター、メディア関係者、マーケター、リーダーがたくさんいるのだ。

セールスマン、マーケター、メディア関係者、リーダー、マネージャー、政治家は嫌われて当然なのである。弁護士も案件によって立場を変えねばならない、悪の味方をせねばならないという意味で少々似ているところがある。

どうあがいても嫌われやすい職能、というのは存在する。サイコパスが多い職業として上位にランクインされるような職業には、そういった嫌われ役も結構多い。

扇動者たる職能でもあるのだから。

 

PS

ただし、煽り芸はマーケティングの一側面でしかなくて、しかもそれに頼ったやり方は年々通用しなくなってきていることも付け加えたい。煽り系は、ゲリラマーケティングの一手法だろう。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。