西園寺の情報商材論 ③ 与沢翼とイケダハヤトは客層が真逆だった。あそこが転換点だった。
与沢翼のセミナーに参加していたのは、
「田舎の中高年」
がかなり多かった、という話をそれに参加した人から聞いた時、かなり衝撃的だった(その人とは別の何かのセミナーで知り合った)。
つまり、
- フェラーリ!
- 六本木ヒルズ!
とかを誇張して引っかかるのはそれに幻想を抱いている田舎民・地方民だということである。確かに、東京に生まれ育っていたらそんなものに憧れない。港区女子が実際は田舎出身という論理と似ている。そして与沢の情報販売はそれなりの値段がしたから、そもそも若者が手を出せなかったと。
そして、ここが面白いのだけれど、イケダハヤトの情報発信に群がっていたのは関東の比較的若い社畜が多かったという。そりゃそうだ。「いつまで東京で消耗しているの?」だったからね。そして、都民が熱心に、高知の田舎系情報を読んでいた。それに需要があった。田舎民からしたら信じられないだろうけれど、都会民は実は案外田舎に憧れている。
(でもそれは、田舎民が都会に憧れるかの如き幻想で、実際は田舎の村社会性とか陰湿さ、民度の悪さを知らない)
イケハヤ・ちきりんが牽引した
「ブロガーブーム」
というのは、都会を知る人間によって都会人を牽引することによって生まれた。
その前にあった情報商材ブームはどちらかというと田舎民が牽引されていた。
ブロガーブームはやがてオンラインサロンブームへと変わっていったけれど、オンラインサロンはコミュニティ性が特徴で、イベントとかをやるから、対面で会わないといけず、それはどうしても都会で実施される。というかそういうサロン的な催しが東京的だ。だからやはりそれも都会的なものだった。
そして、noteとかになって、都会民に限らず、今度はエスタブリッシュメントや成功したエリートも流れ込んできた。うーん、やっぱりブランドって、参加者の質が決めるんだよ。
情報商材が、
- 高学歴的
- エリート的
- 知的
- 都会的
になっていくにつれて、
田舎・地方民はyoutubeに流れていった。
youtuber化した。
しかし、youtuberも、地方でバズった人間は都会に引っ越したり、関西勢が東京に移ったりして、結局、今は都会の人間が強い構図になりつつある。というか、東京に住んでいた方がいろんな絵がとれる。田舎も行こうと思えばすぐアクセスできるからね。これはテレビやメディア関係が東京に集中しているのと理由は同じ。
ということで、
今度は田舎・地方民はtiktokに移った。
ただし、大半が若者勢。
田舎でヤリラフィってるのがバズったりしてる。
多分、今は、ヒカルとか青汁王子とかを、田舎の情弱とかが持ち上げている状態にあると思う。ブレイキングダウンとかもそうだと思う。ああいう暴力的なコンテンツは、「喧嘩の強さでヒエラルキーが決まってそのまま結婚の優位と結びつく」ような田舎的なものとの相性が良い。
なんかこう、ああいうやばい番組に出て、自分で名乗りを上げて、人生を変えていく。
そういうものにロマンを見る現象が、バン仲村人気なんかに表れている。
都会のある程度、軌道に乗った大人だったら、見ていて恥ずかしいくらいの動画だと思うけれど、ああいうのが結局バズってるのは、田舎・地方民に支えられているからだ。
今、若者も、中年も、
「バズって人生変えよう」
という方向に傾いているかもしれない。
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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男
Make you feel, Make you think. SGT&BD.
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。