#9:情報やノウハウを出し惜しみする気はありません

情報の出し惜しみっていうことに関してですが、ビジネスに関しては、私的には隠すものはありませんね、基本。しかしながら、全部吐き出そうとすると相当な時間を要することになりそうです。

知識や情報をベースに、どう判断するか、どう現実のシーンを解釈するか、みたいなところに熟練の技があります。直観とか。優先の付け方とか、自分に合ったやり方とか、個性の出し方、オリジナリティを付加する方法とか。そこらへんにプロの技がある。

判断を支えてる情報やノウハウの公開に関しては、特に抵抗はありません。もちろん、正直な話、抵抗があるものもありますが、それを人に伝えたところで、『おおっ!』って思ってもらえないような、割とありきたりな内容だったりすることも多いものです。自分の中で、経験上、すげーって感じたものは、素人目には何がすごいか理解されないものだったりします。

例えば、マーケティングやコピーライティング、女性を口説く行為、セールス、これら全般に通じる最強のヤバイノウハウは何ですかと、西園寺に憧れる若い人に聞かれたとして、『リサーチです』と答えたところで、絶対理解してもらえません。

女性は男性に対して、よく、「ねー、この服とこの服どっちが良い?」とA/Bスプリットテストをしてきますが、同じことを男性が女性に対して行なっているシーンはあまり見たことがありません。

本当に大切なことなんだけれど見過ごされがちなことというのは、身銭をきらせて刷り込むか、繰り返し伝えるか、実践を通して学ばさせるか、本人が気付くまで待つか、ぐらいしかありません。当人に、時間、労力、金といったリソースを実際に消費させてしか学ばせられないものです。当事者経験というやつです。やらないとわからない。情報やノウハウの類は、最終的にアクションにつながらなければ無意味という意味で、究極的には、時間、労力、金の使い方について、リスクや時間的制約がある中、何らかの指針を与えるものです。

アクション前提です。

マーケやコピーライティングのビギナーは99.9%の人がリサーチの重要性を理解できません。私もそうでした。笑。まぁ、ノウハウなんてこんなものです。

もちろん、むやみやたらリークしないこともありますが、関係性がある人には割とペラペラ話します。時間の都合が合う限り。

自分自身が体得していることを100だとしたときに、例えば24くらいは、あってもなくてもどっちでもどーでも良いもの、20くらいはとことん説明可能なもの、12くらいは理由はよくわかんないけどやれば成果が出るもの、8くらいは自分の中でも雲をつかむような感覚な領域、6くらいはテンプレ的なもの、15くらいは自分にしか使えないもの、5くらいは扱い方が非常に難しいもの、3くらいは絶対守らないといけないもの、2くらいは自分の中でも意見や解釈がコロコロ変わるもの、1くらいは自分でもよくわかってないもの……

というように、いろいろと複雑なんです。例え話というか、イメージですけど。

私の場合、普通なら言葉にならないような領域についても言語化できたりするので(タイムラグはありますが)、そーゆー場合はマニュアルをつくったりします。プライオリティが高いことだったり、頭の中で混乱していることがうまくまとまったときとかもマニュアルつくったりします。あるいは自分が思ってたことをうまく説明してあるものを見つけてきたりとか。

ややこしい。

しかも、自分自身でも、頻繁に忘れたり、感覚がずれてしまいやすいこととかもたくさんあります。ノウハウとかってそれだけ難しいものなんですね。

ただ単に、情報を得て、その情報通りに何かをやれば成果が出せる領域って、そうそう無いと思うし、あったとしても続かないと思います。何より、自分自身のオリジナリティや特性、環境、資源性に根付くものがゼロ、皆無、不適なことをやったとしても成果なんて出せないと思うわけです。

何事もそうです。

しかしながら、ノウハウ、ハウツー、情報の類を一切無駄だと切り捨てることはこれまた安直だと思うわけです。世の中には、広義の意味で、コンサルサービスや情報提供サービス、ノウハウ提供事業などたくさんあるのですから。躍進した有名企業も社外秘のノウハウを社内で抱えてたりするものです。ケンタッキーフライドチキンは、秘密のレシピをアメリカ本社の分厚い金庫の中で保存してるそうですよ。

いろいろ、情報コレクターをやってきて断言できることがあります。何かしらの成果を求める人は、これ、絶対覚えておいた方が良いですけど、『自分自身の個性、特性、オリジナリティを発揮する余地が0パーセントのこと』に手を出さない方が良いですよ。大して報われないし、報われるとしても競争率が激しい上に、プラスアルファを求められます。

だから私は、資格試験とか受験勉強に熱を注ぎすぎて、しかもそんなに、センスないのに頑張ってる人の気持ちがよくわかりません。その類のことは、80%ぐらいの労力で高いレベルの関門を突破できるぐらいの適性が無いと、私ならやる気がしない。だって、仮に会計士とか司法試験受かっても、その世界にはプラスアルファで高学歴とかトリリンガルとかダブルライセンスとか親がその道の成功者とかゴロゴロいるんだから。そーゆー人達の中には、学生時代、勉強漬けだったという人もいれば、恋愛も色恋沙汰もバランスよくやって遊びも充実してた、みたいな人もいるのです。差がありすぎますよね。

貧乏フリーターが一念発起して有名大学へとか、高難易度資格取得へ、みたいなのはストーリーとしては華々しい。文庫化、映画化されたりする。でも、そーゆー人たち、そのあとどうなってる?ただのコモディティー社畜になってるわよ。

 

これを読んでるあなたが一番気になってるであろうことはもう、すぐにでも教えちゃいます。不毛な労働契約から解放されて、勤めなくとも生活に必要なお金が確保できるノウハウみたいなもの。これはもう、ある程度確立されてて、その程度のことは『DRMをちゃんとやりましょ、できればネットがいいよ』で終わってしまいます。つまり見込み客の反応が取れるような魅力的コピーライティングでリストを集めて、リレーションシップを取って顧客基盤固めてください、とゆーことです。

特に、コンテンツビジネスは、プレイする人それぞれの個性、経歴、キャラクター、経験にコンテンツの価値が依拠するものであり、成否も個々人の特徴に根付くものがあります。それゆえに、誰もが光明を見出せるビジネスだと思います。それにより、時間とお金の余裕を作って行けば次なる展開も広がっていきます。

ネットの誕生により、ビジネスに必要な最低固定費が非常に小さくなったので、旧来の常識では考えられないよーな変なビジネスが収益採算合うようになりました。なので、好きなことや変なことがお金になります。いや、なりやすくなった。

これが非常に奥深い世界なので、その深遠を覗き、悟り、腑に落ちて理解し、体得して使いこなせるようになるまでには一定のキャリアが必要です。とはいえ、ネットを丁寧に徘徊すれば、怪しい系じゃなくて、まっとうなコンテンツビジネス、ブログビジネス、メルマガビジネス、DRMで食ってるであろう人はいくらでも見つけられます。宗教を教えてる人、生きがいの見つけ方を教えてる人、転職系、メンタルコーチ、カウンセラーやセラピスト、コンサル、語学教師、投機系、セールスツールの販売、翻訳、コピーライター、出世ハック、セックスノウハウ、恋愛ノウハウ、営業指南、Webマーケ、ゴルフに留学、海外就職、自己啓発、簿記、プログラミング、Web制作系、Webサービス系、コミュニケーション、婚活、数学、ファッション、通販、不動産…………….

そもそも論をいいですか。

お金に縁遠い人は、まず、お金を使う経験が足りてません。だから、こーゆーノウハウを話してもマインドセットが伴わないから信じられないでしょう。お金を使わない生活を送ってると、世の中の金の流れが全く理解できなくなります。

今この瞬間も、ガンガン金は動いてるのです。

世の中を見渡してみてください。世の中の人は結構お金持ちです。結構お金を使っています。いろんなところに面白いお金の流れがあるのです。その流れに乗れないのは、自分自身が消費者としてその流れの中に参加した経験が乏しいからです。自分の「お金を使わない世界」を遮断し、「自分がお金を使う世界」の色眼鏡だけで世界を見ているからです。

それと、特に男性は、自分自身と他者を比べて、「自分は上か下か」というようなバーティカルな物差しだけ、単一の尺度だけで何かを捉えようとします。しかし、実際のところ、人それぞれの間にあるのは「違い」でしかありません。偉い、凄い、強い、みたいなのは割と幻想だったりします。みんなそれぞれ、長所と短所があるし、制約があるし、「自分がやるより他人にやらせた方が効率が良い、うまくこと」なんて腐るほどあります。

自分の役割を見極める。自分がやるべきことを見極める。他人にやってもらうことは他人にやってもらう。そういう判断ができないと一杯一杯になります。

この世にあるのは役割の違いだけでしょう、きっと。そもそも、経済のメカニズム自体が、「一人の人間の限界」を踏まえた上で、マネーを通じて協力を図る仕組みです。お金持ちというのも、確かにその人自身に「力・能力・才能がある」ように見えるかもしれませんが、お金を得た先にあるのは結局、他人の資源・力・才能を借りやすい、というだけでしかありません。お金を使うというのはそういうことです。人それぞれの違いをありのままに受け止めて、自分がわからない世界を「怪しい」「バカバカしい」「レベル低い」「情弱」と切り捨てる前に、共感する気持ちを寄せて、「合わせる」・「寄せる」・「乗っかる」ということを事業の文脈で行なっていけば自然と経済状況は好転するはず。

街に出たり、ネット徘徊したりして、世の中をしっかり観察することです。この前、私はガンダムの巨大プラモデル三万円、巨大ポケモン人形一万円をバカスカと買っていく人達を街で見ていて、『わからんなぁ』と思ってました。よくわからん可愛くないアイドルのパフォーマンスを全力応援し、その後のアップセルで何かを買ってる人もよくわかんなかった。釣り竿の店にいけば高級のリールを買う人がいるし、謎の高級漢方薬のお店とか、化粧品販売の現場とか、とにかく面白い世界はたくさんあります。とりあえず百貨店とか、本屋とか、ホテルとか、セミナー会場とか、TDLとか覗きまくってたら色々面白いことに気付きます。

私から言わせると、お金稼ぎたい人はまず、使うことからです。自己啓発本買う前に、働いて、稼いだお金をいろんなわけわからんことにお金使うことから始めた方が良いです。

もちろん、支出を抑えるのは大事でしょう。質素倹約するのは大事でしょう。そういう指南本もたくさん出ています。世の中の人がそういう思考で生きているのも間違いありません。しかし、結局のところ、「お金の問題を解決するためには稼ぐしかない」わけであって、稼ぐためには勉強しなければなりません。お金の流れを理解する必要があります。それはすなわち、世の中の人の意思、意向、趣味趣向を理解することです。稼ぐ=お金を使う人たちの世界、お金の流れがある世界に接続するということでもありますからね。

貯金とか節約とか、資産運用みたいなものに取り組みすぎ、特に若いうちにやりすぎると知見が狭くなる気がします、私は。年収高いわけでも低いわけでもなく、高学歴なわけでも低学歴なわけでもなく、起業するわけでも社畜街道突っ込むわけでもなく、株やら仮想通貨やらに小銭を投じつつも、貯金しつつも、かといって生活費をおさえてるわけでもなく、エッジが立たない状態で宙ぶらりんは私はやだ。怖くてできない。

私は高校生の頃からキャバだのパチンコだのスロットだのバイク用品だの服だの香水だの本だの、、、いろんなものにお金使ったし、大人になってからもWebツールとか事業パッケージとか、美容クリニックとか占いとかセミナーとか風俗とかアロマとか無駄に高い万年筆とか無駄に高いオーディオ製品とか無駄に高いコートとか無駄に高いクローズドな本とかセッション、コーチングとか、エロい漫画サービス、ゲーム、変なコスプレ、変なアダルトサイト、コンセプトバー、ひねりのある飲食店、旅行、いろんな界隈にマネー突っ込んでるし、いろんなマーケティングテストしてます。そして、他人のお金の使い方だったり、変なお金の使い方する人たくさん見てるから

『世の中、よーわからんのがいっぱいあるわ』

『世の中、もはや必要ないものや遊びにジャンジャン金が流れてるわ』

『なんでも売れるんだな』

ってのが、身をもってよくわかっております。

そもそも業界やジャンルは関係なく、顧客基盤があればアフィリエイトやJVもいくらでもできるし、そうすれば扱える領域は拡大しますから、どーやってでも金策はあります。

政治的な理由によって、市中にまわるお金が増えるという場合を除けば、基本的に世の中のどこかにお金はあるのです。それを理解することです。お金は、どこかにあります。必ずあります。そして、そのお金を手繰り寄せる方法など、いくらでもあります。

商才、というのはここらへんで発揮できます。例えば、「何も無いマネタイズから縁遠いようなフツーの大学生」なら何ができるでしょうか。お金を持っている50代以降のおじさまに向けて『女子大生とエッチなことする』をテーマに情報発信すればすぐプチリッチになれるでしょう。50代は現代女子大生の感性、流行り、ニーズがわからず、リサーチしてる暇もないし、若い子と接点もないのです。そーゆーゲスな欲望の処理の仕方もわからないでしょう。せいぜいキャバ嬢とかパパ活してる系しか知らないでしょう。そっち系の子はちょっとプロすぎます。あくまで一例ですが、このようにしてお金などいくらでも生み出せるのです。お金があるところを見つけて、そのお金があるところのリアルなニーズを直視するだけでアイデアは降ってきます。

世の中で困ってる人を見つける能力さえあれば、策は出てきます。そーゆー意味で、事業家は神さまでしょう。なんか知らないけど、日本人は困ってる人を見たら『哀れ』と見下し、陰口叩いて、ネットで文句書く傾向があります。困ってる人を見つけたらそれは「事業機会」です。孤独な老人と、就職したく無い貧乏ニートをマッチングして仲介料とか取ればいいじゃないですか。もうそれやってる人いるけど。

私なんて、年がら年中、人の悩み相談、愚痴聞きばっかりしてるし、みーんないろんなことを言ってくるので、この世界はチャンスだらけだな、という気しかしませんよ。しかも、昔と比べて、現代人の悩み・困り事というのは「物資の困窮」では無いのです。知的満足、感情的満足、精神的充足、そういうものを求めている傾向にあります。

 

 

それと、ここは強調しておきたいのですが、みんな「お金欲しい欲しい」言って、本当はお金が欲しいのでは無いのです。

周りを見渡してください。みんなお金あるでしょう。家買ったりするでしょう。旅行行ったりするでしょう。服買ったりするでしょう。結婚するでしょう。みんな、お金はあるのです。お金なんて、働けばあるのです。誰でも、働けばお金は得られます。お金自体は得られるのです。

時給1000円でも、月間300時間働けば30万円です。時給2000円なら60万円になります。正社員として働き、そこそこの責任、プレッシャー、気苦労、知的生産、勉強・・・等々を求められる環境で働けば、業界や会社にもよりますがそれなりに稼げますし、長く働いてキャリアをつくっていけば未来の展望もありますよね。

しかも、この国では余程のことがない限り餓死しませんしね。

日本は労働生産性が低いと言われていますが、失業率はすごく低いです。海外の労働生産性が高いのは生産性の高い人材だけが職につけていて、失業者がすごくたくさんいるからです。日本には腐るほど仕事がある。みんな仕事が得られてる。そしてそこそこ稼げているのです。豊かな国です。今後どうなるか知らないけど。

転職サイトとか求人サイトとか見てますか。稼ごうと思えば、誰でもそこそこ稼げるんですよ。でも、そうやってお金を稼いでも、満足しない、嬉しく無い、何か違う・・・・・とみんな思っています。

 

私から言わせると、みんながお金の問題と思っていることは、お金の問題では無いような気がします。生き方とか、働き方とか、人生観とか、自分自身のキャリアをどうするかとか、限りある人生をどう使うかとか、もっと深〜いレベルでの話のような気がするわけです。

当然、「そんな贅沢なことを言ってられない」、「そんなこと大人になって考える暇ない」「とにかく目先の生活を・・・・」という人もいっぱいいるでしょう。それはわかります。また、悠長なことを考える前に、必死に今の会社にしがみついてとか、日々の仕事を頑張って・・・・とかいう状態にある人も多いはずです。

余裕が無い・・・・のかもしれません。

そして、その余裕の無さが諸悪の根源、元凶なのかもしれない。

 

余裕が無い自分が嫌だ。

希望や可能性が狭くて、今の縛られた状態から逃げられない自分に悲観してしまうとか。

 

最近、お金持ちのお嬢さんから、「お兄さん大好き」「何でも言うこと聞くから一緒におってよ」「好き好き」と超熱烈なアピールを受ける出来事がありました。なんか、「お兄さんからは、余裕しか感じないんだけど」と言われました。

ふと思いました。そうか、私は余裕シャクシャクで生きているんだ、と。

言われてはじめて気付くことってありますよね。そんなに余裕持って生きているつもりは無いですが、人と接していると本当に、そういうことを言われる機会が増えました。年々増えてます。

 

おそらくこれは、「まぁ、自分はどうとでもなるだろう(しかも高い水準を保ったまま)、そして、万が一底辺に落ちても別に良いや」という構えから来るものです。

おそらく、単に「稼ぐ」という枠にとどまらず、もっと広い枠で、「生きる」という次元からよく考えてきたので、しかもアイデアも色々降って来るし、どうやってでもどうにかなるだろう、という感覚なんですよね。

ただ、そんな私が、現実を直視した上でいつも思うことがあります。

それは、

 

  • 若くて健康は最強
  • 個人プレイと組織プレイは違う

という点です。

若くて健康であれば、誰だって余裕しゃくしゃくでいられるはずです。心構え次第ですね、それは。それから、個人プレイと組織プレイを分けて考える必要があるのは、ゲームルールがまるでもって違うからです。組織ゲームの原理と、個人ゲームの原理は違います。ただ、どちらにせよ、「個の力」をベースにして、他者に対して貢献していくというのは同じですけどね。

基本的には、自分という「個」に何かを蓄積していくことが大事なのは変わらないです。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。