
























私はたぶん、社会不適合者です。
どのくらいかというと、年収3000万円以上のCMO職と、自由気ままなトラックドライバーのどっちが良い仕事かを悩むくらいです。これは戯言ではなく、実際に今の私の手元にある現実的なオプションです。
幸い、起業してしまいましたが、学生時代、雇われ時代、起業当時に
- タクシードライバー
- トラックドライバー
という生き方をブラインドアウトしていたので、もしそれが強く意識されていたら今のような選択はしていないかもしれません。
組織でネクタイ締めて周囲とうまくやるホワイトカラーが出来ない人間は働く場所がないと思い込んでいました。
さて、社会不適合者には、ハードなものから、マイルドなものまであります。
さすがに、
どのバイトすらやっても続かず(すぐクビになり)、普通の生き方から完全にキックアウトされた
というほどでもありませんでした。
元体育会系ですし、ぱっと見陽キャと誤解されることもあります。
ところが、たぶん社不です。
いや、絶対そう。
潜在的にやばい。
やばいやつほどやばいのも真理ですが、やばいやつほど普通の顔ができるのもまた真理です。
自身を日本社会不適合者だと感じてきましたが、やがて地球不適合者なのではと感じるようになりました。そもそも、そう言われました。
私は、ある意味で、
「王道陽キャ・体育会系出身・偏差値50以上・結婚適齢期に結婚・家庭持ち・優良企業勤め」
みたいな、THE・ESFJみたいな人以外は、何かしら社会不適合者なのではないか?と思っています。
社不にはグラデーションがあります。
それこそ、医師になった人は、自分を社不だと自認している人が多い。
会計士もそう。職人もそう。トラックドライバーもそう。介護系もそう。
youtuberや配信者だけが社不なのではありません。
社長も芸人もアーティストも社会不適合者です。
30過ぎて独身もそう。
社会不適合なんて甘えだ!
という意見もあるでしょう。実際、私はそう思っていました。また、社会不適合なんて言葉がないとき=認識しようがないときから、
あれ?なんか、違和感感じるな?
みたいなのはずっとありました。
たとえば、陽キャの友達と一緒に群れて、陽キャの一員っぽく暮らしていても、
あれ?なんか人一倍疲れるな?
というのはありました。
優れているか、劣っているか。
これは結局、ケースバイケースかつ、結果論でしょう。
結局は、
「普通か、普通じゃないか」
の議論なのだと思います。
社会は、圧倒的大多数の普通に適合しやすいように設計されています。
私はずっと、自分を普通で、まともだと思っていました。
いや、いまだにそう思っているのかもしれません。
優れている、劣っているはどうでもよくて、結局、
- 普通に生きられているか
- 普通に生きられていないか
であって、後者の人間にとっては、人生・進路選択・職業選択・結婚がかなり、深刻な問題になってきます。
普通の人が普通にやってることが、できないから。やらないから。やりにくいから。
また、できるかどうか、で全て判断できません。
できることについても、人は悩むのです。
できるけど、好きじゃないとか、このままでいいのかと思い悩むとか、いろいろあるのです。
もっと言うと、
その人が普通なのか、普通じゃないのかは、
その人自身がわかることではなく、
また、人生を追いかけていって、後からわかるものかもしれません。
普通じゃないつもりの人間が、普通だったとか、
普通のつもりの人間が、普通じゃなかったとか、ザラにあります。
普通かどうかというより、
普通って何だ?
自分は普通じゃないのかな?
普通って難しいな
と少しでも考えはじめたとき、レールから外れはじめたとき、その人の人生が始まるような気がしています。
私は、自分のことは、割と普通だと思っていた。
でも、なんか違うのかもしれないと思い始めた。
悩み始めた。
あなたはどうですか?