28歳でJKに勃起して交際を願うことが「年齢不相応」ではなく、28歳で「この山登ったら景色綺麗かな?」で動くのが年齢不相応ってこと。

 

28歳でJKに勃起して交際を願うことが「年齢不相応」ではなく、28歳で「この山登ったら景色綺麗かな?」で動くのが年齢不相応ってこと。

成功する28歳の選択基準は、「10年後後悔しないか」という手遅れを気にした基準で、凡な28歳は18歳みたいな基準で選ぶ

 

中学生に勃起したり、高校生に勃起したりするのは異常者だ!ペドフェリアだ!とかなんとか言って、外見とか言葉遣いはそれっぽい年齢相応に見せかけながら、28歳にして

この山登ったら景色綺麗かな?

で動くのが、実際はガキだということ。

幼稚じみた大人だということ。

 

凡百な社会人は例外なくこれ。

仮面は大人、内面は幼稚。

半熟卵。

 

世間はこれを「大人」と勘違いしているけれど。

 

 

そうではなくて、普通に中学生・高校生にボッキして、

ワンチャンJKと付き合いたいな〜

とか思いながら、風俗で10個下の女の子に「ママのおっぱい吸いたい💦」と甘えて手コキ授乳してもらいながら、一方でキャリアの選択は、

俺は山を下るようなフェーズに差し掛かっていて、綺麗な景色が失われていくけど、下りの道のりで出来ることあるんじゃないの?

後悔しないの?

と考えるのが、幼稚に見えた「本物の大人」だということ。

むしろ、本物の大人だから全力で、JKJDを追いかけるということ。

10年後、20年後のフニャチン化を考えてエロいことたくさんするということ。

キャバクラでおっぱい揉みたがるということ。

 

最後の晩餐を味わおうとしている。

 

 

楽しいから遊ぶんじゃない。

 

もはや、必死に遊んでいる。

 

今できることは将来できない

という発想。

 

 

若い女に勃起し、女性を年齢で選ぶのは、「理系の摂理」であって、これに時代遅れもクソもない。

若い女が良い、というのは、「太陽が東から登って西に落ちる」というようなもので、これに時代遅れはない。

15歳の体と30歳の体を見て、後者で興奮する方が異常。異常者。

 

さらに、28歳になって、

この山登って気持ちいいかな?

みたいなのは「精神・思考性のペドフェリア」みたいな感じで、こういうのに限ってキャリアボロボロ。

 

下半身は真面目なのに、なんか、社会経済的にうまくいかないタイプこれ。

 

いっぱしに倫理を守って大人になれたつもりでいる。

 

要するに、若い女に興奮し、それを好むのは、思考や精神の成熟とは関係ないということ。

 

 

若い女を好むって、精神的に幼稚ですよね

とたまにフェミおばさんがいうが、そもそも、

女性に内面を求めている=女性と内面的なやり取りをして知的・精神的に満足すること自体が幼稚

なので、妻や彼女に、「内面的な充足」を求めること自体が低レベル。

 

一流の男は、女に体しか求めない。

 

そして女と会話しても、何も面白くないと思っている。

 

女と会話しても何も面白くないから、面白い方の「ビジネス戦争」に没頭するわけ。

 

一方、程度が低いと、ビジネス戦争の方が辛く、家庭にこもってる方が楽しい。

 

小学生時代を思い出して、

外で男子とサッカーやってるやつと、

女子に紛れてママごとやってる奴のどっちが敗北者だったか。

 

 

そう、敗北したのである。

 

「会社より家庭だ」

とかなんとか言って。

 

違うだろ?

ん?

負けたんだろ?

 

お前、ちゃんと小学校の時から女子に混ざってる根っからの「オカマ」だったか?

 

違うだろ?

 

家庭に逃げたんだろ?

 

 


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。