日本で生まれ育つとなんとなく学んでいく日本的空気。これを言語化して説明しようと思う。特に、日本社会にこれから羽ばたいていく上で、
フルボッコされることが怖い18〜22歳
にとって役立つ内容になっているだろう。
まず、日本には、
日本教
と呼ばれるものが確実に存在する。それは、諸外国のような明示的な宗教ではない。ドグマとして文書化されているわけでもない。ただし、暗黙な宗教があるのだ。確実に。
さらにそれは、暗黙的な規範として人々を規制し、場合によって制裁する。
これとの関連だが、海外は、
- 宗教
- 契約
がハッキリと存在するのだ。
日本はこれが弱い。契約に関しても、法的な理由で守らなければ、という感覚であるが、市民意識として普通に弱い。
まずこの日本的空気とは、≒日本教であり、イスラムのようにその「事実上の法」が空気のように蔓延し、違反者に対しては社会的制裁がくだるものである、と理解してほしい。
確実にあるのだ。
次に、ではなぜ、空気感なのかを説明しよう。
戦前・戦時は、家父長制に連綿として連なる天皇制があった。親に対する忠義・忠孝は、天皇への忠義・忠孝と同じであった。家督は男が握り、ミクロベースでは家庭、そしてその集合として「国の家」が国家、そのトップが天皇。
【家父長制への回帰】もうすぐやってくる尊王攘夷思想の揺り戻しは、高市早苗によって歪なものとなり、さらには女性にも向かう
- 親に歯向かってはいけない
- 天皇に忠義を果たさないといけない
この精神性が、家庭、国家の連帯・紐帯を強くしていた。
しかし、戦後、これが急速に崩れたのである。
神だった天皇は人間になったのだ。
子は農村から都会に出ていく。
会社が共同体になる。
核家族が進む。
特に、重要なのは、会社が果たした役割だった。
会社は、利益のために動く機能集団。ましてや、私有財産制の中で動く、
オーナーの私物
であり、会社員とはいわば、会社のオーナーを儲けさせるために働くラットレースの奴隷である。上場企業の場合は、そのオーナーが公に分散しているだけだが、事実上、オーナーっぽい人がいるし、金融ビッグバンなどが2000年代以降に加速する前は日本の会社は会社同士で株の持ち合いをしていた。
とにかく、多くの人は、共同体を会社に求めた。会社が共同体を提供した。
会社というのは、一心同体の存在になった。
ゲマインシャフトとゲゼルシャフトが混じってしまったのである。
こうして日本人は、
- 家庭の父親
- 天皇
- 地元帰属
みたいなものを失い、精神の拠り所が職場になった。
経済が発展して、飯が食えるようになる、豊かになる時代はそれでよかった。
しかしやがて、「利益のためのマシーンである会社」「人生を捧げる居場所である会社」がミックスする矛盾が出てくる。
諸外国であれば、会社で働くのは、あくまで
契約
のもとの履行でしかない。
しかし、日本企業は、共同体であり、互助会であり、契約であり、機能集団であり、場合によっては宗教の代わりであったり、利益のためであったり・・・・
ということの混色で、その矛盾が噴出するようになった。
あちこちに子供がたくさんいて、子供同士のコミュニティがあって、社会で子供を育てたり面倒を見るという動きもなくなった。
要するに、
日本人には、
拠り所がない。
さらにもっと古代レベルに遡ると、
日本は灌漑農業的な地域であった。
つまり、集落があって、集落の力で共同で水を引いてきて、共同でそれを管理し、分水して農業をする。こういうコミュニティでは、誰かが悪さをするとコミュニティが崩れる。よって、違反者・部外者に厳しくなる。「村八分」の概念も生まれてくるようになる。
こうして、日本人は
- 集団性
- 規則性
- 同調性
を重んじるようになった。古代からベースとしてこれがある。
その上で、色々と歴史的な背景があるのだ。
明示的なドグマがない。
宗教的儀式がない。
戒律がない。
だから、ぱっと見、自由に見える。
ところが、日本には、暗黙の宗教が存在するのだ。それが空気として存在するのだ。ただその明示性が無い。
- キリスト教
- イスラム教
- 仏教
- ヒンズー教
- 儒教
があるが、日本には、日本なりの「日本教」的なものが存在する。
そもそも宗教は、社会・コミュニティの対立・摩擦を処理したり、統合を促すものであるため、そういう暗黙の空気感にも、それなりの理由がある。それらの違反者に対して与えられる制裁、社会的批判は、
- 常識
- マナー
- 道徳
といった仮面をかぶって指摘されるが、結局、その人間が社会集団の中であまり良く無い行動を取り、迷惑をかけていることや、それまでの信用履歴について指摘されていることが多いだろう。
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(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



