
読書量は、その人の孤独量を現す、とある有名人がいった。
同様に、絵のうまさは、その人の社会不適合度合いを現す。大体、絵が上手い人間は、学生時代、授業についていけずに絵を描いていたとか、周りに馴染めなかったとかそういう理由だ。
音楽もまた、孤独と相関がある。
私は、
生きているのが辛いから、自分を守る現実逃避先としての芸術
に走ってる人間をたくさん見てきた。
口では、
音楽で売れたい
とか、
絵画で食っていきたい
と言いながら、自分のポリシーを商業に傾倒させたくはない、という頑固な人間。成功もしていないのに、自分の流儀と我流に固執する。その界隈のオールドクラシックに文句ばかり垂れる。
ある段階から気づいた。
こいつらは、それで成功したいとか売れたいわけじゃない。
本質は逃げたいのだ。縋りたいのだ。それが自分の心の逃げ場なのだ。




売れないミュージシャンくずれをたくさんみてきた。
そいつの風貌、声質、現代の市況、これらをメタ認知して、俯瞰して、
売れるためにはもっとこうすべき
と思うことは多々あった。
だが、パッとしない奴らほど、その視点を持ち合わせていない。
「やりたいようにやっている」だけ。
本当にそれだけ。
それに梃入れすることを至極嫌う。スタイルを崩したがらない。
いつのまにか、
- 作風
- 芸風
がアイデンティティと一体化している。
現実逃避度合いというか、のめり込み度合いが強い人ほど、この傾向は高い。
その世界に精神的に逃げて縋っている。唯一の居場所なのだ。
そしてそこで醸成させた自分のスタイルは、自分の分身。
そうすると、その世界において、それを否定されることは自分の否定を意味する。だから「オタク」とかは怖いのだ。これは思想的な過激派についても同じことが言える。宗教過激派もそうだ。
これは、起業家準備勢にも同じことがいえた。
起業家セミナーみたいなところに行く。ビジネスセミナーでもいい。そこには、そういう連中がうじゃうじゃいる。
自己啓発セミナーでも同じことだった。
結局のところ、自分を守りたい。
自分を守る先として、都合が良い何かを見つけて、あたかも「その世界での成功を狙ってる」かのように振る舞う。
実際は自分を守っている。
まぁ、同じことは、結婚でも、ある。
好きだから結婚したわけじゃない。
単に恋愛市場から逃げたかった。降りたかった。
独身というステータスを捨てたかった。既婚者になりたかった。将来、「孤独」というラベルが張り付くのが怖かった。そんな「邪道」な人間はたくさんいる。
世の中はそういう「実際のところは・・・」的なもので溢れかえっている。
A君を採用したのは、直前まで有力候補だったBくんが降りたからかもしれない。
あの子がこっちに近づいてきたのは、仲良かった異性と急に破綻したからかもしれない。
ナンパについてきたのは本当はたまたま都合が良かったからかもしれない。
ただ、「真実の試練」というのがある。
現実を前にすると、真実の試練は試される。
それがハードシングスで、タフであるほど。




私の場合、驚くほど、
自らの運命を呪っていたといえる。
人はおそらく、両親や、両親が与えた遺伝子、生育環境、これらに満足しているほど、親と同じような道を歩もうと思う。
レールに沿って歩く。
私はそうではなかった。
たしかに、「金持ちか貧乏か」でいえば確実に貧乏な部類の実家ではあったが、とはいえ、極端に不細工に産み落とされた訳でも、極端など田舎で育てられた訳でもなく、虐待や暴力をふるわれたわけでもない。
だが、強烈な反動や反発心があった。
それは、学校生活や、社会に対しての気持ちも加味されたものだったかもしれない。
遠く、どこか知らないところへ、別世界へFly Awayしたいような気持ちは常にもっていたし、若い頃は破壊的な衝動も持っていた。
とにかくぶっ壊したかった。
全てを変えたかった。
結局のところ、それが、「本気だった」ということである。
本当のところ、どう思っているかというのは、現実のタフなシチュエーションで試される。
企業が採用面接で、動機を根掘り葉掘り聞こうとするのも、どういうところにあるのだろう。
「真の動機は何か」
ということだ。
動機の解明は大きなテーマになる。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。


