河東教授は、現代の日本の数学研究者・学者・教授の世界でトップランナーの一人

 

さて最後に少し,この機会に考えたことを書い てみたい.子供の頃から大学レベルの数学がわかっ たと言うのはそんなに珍しい話ではない.たいて いの国では飛び級ができるので,15 歳で自分の国 で一番の大学に入ったとか言うのはわりとよく聞く話である.そうやってそのまま世界的な大物に なる人もいるし,まったくものにならない人もい るし,その中間にとてもさまざまなケースがある. また,大学に入って初めて数学を本格的に勉強して その後大活躍しているケースもたくさんある.子 供の頃から進んだ数学がわかるということは,数 学者になるための必要条件でも十分条件でもない. 誰が研究で活躍するかはやってみなければわから ないのである.しかしそれでも,日本でも飛び級 ができるようにした方がよいと私は思う.大学院 はともかく,現在の日本の大学入学以前の仕組み では,大学に入るときに 1 年飛ばせると言うのを ごく一部の大学でやっているだけである.日本数 学会は飛び級に反対の意見を公表しており,飛び 級がかえって害をなすことがあるというのはその とおりだと思うが,それでもやってみればよいと 思う.日本では,大学入学の資格を入学試験で厳 重にチェックしているのだから,年齢無制限で入 学試験を受けられることにすればよいだけである.

アメリカでは子育てをしてから 40 歳くらいで大 学院に行ってその後世界的に有名な数学者になっ たと言う例もある.15 歳の大学院生も 40 歳の大 学院生も同じ教室にいるという方が優れた仕組み なのではないだろうか.日本の大学 (院) は,年齢 も経歴も似たような人たちばかりである.それ自 体がただちに悪いわけではないが,人間の能力の 現れ方は非常に大きな幅があるのだからもっと自 由な仕組みにすればよいと思う.飛び級したため にかえって失敗することもある,そんなことをし なくても大成功する人はいる,ということをはっ きりさせた上で,そういう自由な仕組みの中のオ プションの一つとして,飛び級もできればよいと 思うのである.(テレビなどでよく,アメリカで 10 歳で大学に入った天才少年というのを取り上げて いたりする.教育効果を見るのには,今 10 歳で 大学に行っている人ではなく,昔 10 歳で大学に 入って今大人になっている人を見なければならな い.うまくいった例も,うまくいかなかった例も あるはずだが,そうそううまくいくものではない と思う.)

アメリカの大学のキーワードの一つにディバー シフィケーション (多様化) というものがある.人 種,国籍,経歴,性別,年齢その他でいろいろな 人が集まっている方が大学が活性化する,という のが重要な考え方である.日本の大学には明らか にこのような多様性が不足している.あらゆる面 で,多様性を高めていくことがこれからの課題で あると思う.

https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~yasuyuki/suri0810.pdf


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。