母親の愛というのは、血を分けた子(分身)ゆえのエゴの外延である。
多くの子が人生の中で親の愛の本物性に疑問を抱いたと思うが、
(子への愛というよりエゴじゃね?と)
実際そうなのである。
そして、この母親の愛が偽物なのと同じように、お前が家庭にハマってるのもカルトにハマってるのと同じで、
家庭空間において自分の絶対性
みたいなのを感じられるからだ、というメタ認知は欠如させてはいけないよな。
もちろん、本当に子を想う気持ち、家族を想う気持ちはあると思う。
しかし、あてつけのようになってないか?
他に生き場所がないから?
そして、それに一切の自覚がないケースがやばいんだよな。
危ないんだよな。
絵が好きなのではなく、他に生きる場所がないから絵を描く世界に引きこもっている。これ系のアーティスト崩れの予後が悪いのを何度も見てきた。
もちろん、そういう不純な動機、化合物的な動機も悪くない。
ただそれに自覚がないケースは怖いこともある。
Aという男、元彼の当てつけで、Bという男を選ぶやつ。
仕事・キャリアへの拗らせで家庭という逃げ道を選ぶやつ。
こういうのは往々にして、関係者が生まれ、そこに対して迷惑をかけることも少なくない。
ちなみに、男女共によくフラれるケースとしてありがちなのが、交際相手に、
- 友達機能
- 経済機能
などあらゆる機能を求めすぎるケース。All in one的な。
しかもそれが、他がうまくいかないことのあてつけのケース。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



