社会不適合者ほど、
「自分に向いている仕事は何だろう」
と考える。
だが、この問いは少し危ない。
なぜなら、
「向いている仕事」
という言葉には、
仕事内容しか入っていないことが多いからだ。
例えば、
文章を書くのが得意だからライター。
数字が得意だから経理。
一人が好きだからプログラマー。
運転が好きだからドライバー。
こういう選び方をする。
しかし実際に仕事を始めると、
仕事内容そのものより、
周辺にあるものに苦しむ。
ライターなら、
営業
締切
修正
クライアント対応。
プログラマーなら、
会議
仕様変更
チーム開発
上司
納期。
経理なら、
社内調整
月末月初
ミスへの責任
細かな確認。
ドライバーなら、
長時間拘束
事故リスク
生活リズム
身体負担。
つまり、
「仕事の中身が向いている」
だけでは足りない。
仕事とは、
仕事内容+環境+人間関係+時間+責任+評価方法
のセットだからだ。
社会不適合者ほど、
このセットのどこか一つに対して、
異常に高いコストを払っていることがある。
だから、
向いている仕事を探すより、
まず、
「何があると自分は壊れるのか」
を探した方がいい。
人間関係なのか。
拘束時間なのか。
毎朝同じ時間に起きることなのか。
ノルマなのか。
電話なのか。
大人数の会議なのか。
曖昧な指示なのか。
社内政治なのか。
客に頭を下げることなのか。
逆に、
何なら苦痛が少ないのか。
一人で長時間集中すること。
同じ作業を繰り返すこと。
移動すること。
考えること。
数字を見ること。
文章を書くこと。
機械を触ること。
人と一対一で話すこと。
ここを分ける。
すると、
「自分は社会不適合者だから仕事ができない」
という話ではなくなる。
正確には、
「特定の仕事環境に対する適応コストが高い」
だけかもしれない。
これはかなり違う。
会社員として全くダメだった人が、
一人で商売を始めたら普通に働けることがある。
逆もある。
会社員時代は優秀だった人が、
独立した途端に全く売れなくなることもある。
能力が変わったわけではない。
要求される能力と、
払わなければならないコストが変わっただけだ。
だから、
仕事探しで見るべきなのは、
「何が得意か」
だけではない。
「何を要求されると急激に消耗するか」
である。
向いている仕事を探すより、
向いていない環境を先に除外する。
これは地味だが、
かなり強い。
世の中には、
「やりたいことを見つけよう」
という話が多すぎる。
だが、
やりたいことなんて分からなくてもいい。
まず、
「これは無理」
を切っていけばいい。
毎日人と話すのは無理。
朝8時出社は無理。
営業は無理。
組織政治は無理。
不安定収入は無理。
身体仕事は無理。
そこまで削った後に残った選択肢の方が、
最初から夢や適職を探すより、
ずっと現実的だったりする。
社会不適合者に必要なのは、
無理に社会へ適応することではない。
自分が壊れにくい条件を見つけ、
その条件の中で市場に必要とされることだ。
仕事選びは、
「何をしたいか」だけで決めない方がいい。
「何なら続けても壊れないか」
この問いの方が、
長い人生では重要である。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



