ビジネスマンとアーティストの違いは、『売れることと、良い作品であることは別』という考え方に同意できるかどうか

ビジネスマンとアーティストの違いは、『売れることと、良い作品であることは別』という考え方に同意できるかどうか

 

ただ、ビジネスマンにも可哀想な部分があって、

売れることが正義=お客様命、市場のレスポンスが命

でやってきたのにも関わらず、

ウイグル問題で揺れるユニクロの柳井さんみたいに

叩かれがちなこと

 

ヤフコメで

もうユニクロ買いません

とか言われてしまうこと

 

安い服を支持してきたのは日本人なのに、そういう短期的な出来事で過去の貢献をなかったことにされてしまうのがビジネスマンの辛いところ

一方でアーティストは、過去の貢献がずっと人の心に残ってる部分があって、まさにそれで食ってるからこそ長いんだけどスケールもしにくい

そして資本主義である以上、基本はビジネスマンの考えが正しい

ある意味、ビジネスマンは刹那の連続の上に大規模が成り立っててだからこそ厳しい

 

この中庸というか狭間で生きる方法は、大学生くらいの時期はなかなか見つけにくいけど、キャリアを積んでいくとある程度見つけられることも多い

人生はそういうこともあるから、トレードオフに直面したら一回、どっかに振り切ってみるのもあり

あとで生きてくる

 

アートやってて金にならないやつは、もうかなりビジネス要素が足りなさすぎるから一回ビジネスに魂売ってから戻ってきて考えても良い

 

 

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男


saionji general trading & business development




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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。