過干渉で、世間体を重んずる親において、子供の成功は即座に
親の成功
に変えられてしまう。親の成功が正しかった証明になってしまう。
子の努力や手柄は、親に奪われてしまう。
そこで、親に感謝すれど不満を抱いている子供は、無意識にセルフ・ハンディキャッピングをする。不幸・失敗であれば、親を勝たせずに済む、というもの。
親にとって、子供は「自分の子育ての成果物」という側面がどうしてもある。そのため、子供が非行に走ったり、社会的にドロップアウトしたりすることは、親のアイデンティティやプライドに対する致命的なダメージになる。
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無言の告発: 「ほら見ろ、お前たちの育て方が悪かったから、私はこんなにボロボロになったんだ」というメッセージを、自らの人生を賭けて突きつける。
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「成功」の拒否: 親が「立派に育ってほしい」と願えば願うほど、あえて「立派でない姿」を見せつけることが、親を最も効率的に苦しめる手段になる。
親子の仲が良いはずなのに、
- 度々事件を起こす
- 問題行動をする
- 生活が荒れる
- 自堕落になる
- 自傷行為を行う
- あえてダメダメな成績を取る
ということは、依存していて他に生き場所がない子供にとっての静かなる反抗とも言える。
育ててもらった以上、親に対して正面切って戦うと自分が悪者になってしまう。そもそも反抗できる立場にない。生き場所がない。よって、自分を人質に取った自爆テロを行うしか無くなってしまう。
子供には親に対して負債感覚もある。
こうして、子供は歪む。
- 期限を守らない、わざと失敗する、親が期待する道から静かに外れることで、間接的に親を困らせる。
- 過度な自己犠牲、依存症、自分を粗末に扱うことで、親に「育て方の失敗」を突きつける(無意識の復讐)。
- 言葉にできないストレスが、原因不明の体調不良や慢性的な疲労として現れる。
- 親に対して言えない怒りを、パートナーや部下など「自分を捨てない存在」に対して爆発させる。
当然、
職業上の成功にしても、
結婚にしても、
家庭形成にしても、
それらは、親に対して静かなる不満を抱いて育った子供にとっては、
親に対して、
「ある程度、子育てができた」
というOKサインを与えることになってしまう。
この呪縛によって、ハズレ親で育った子供は、ある意味一生、呪いにかかったまま。
自分が立ち直って幸せになってしまうと、親の過去の過ちが「結果オーライ」として正当化されてしまう(=親を許すことになる)のが許せない。そのため、親を「加害者」のポジションに留めておくために、自分を「被害者」のまま固定してしまう。これが「復讐」の完成形だが、同時に自分自身の人生も停滞させてしまうという悲劇的な側面を持っている。
この構図から抜け出すためには、
名実ともに完全に縁を切ること
である。
そして、親子共に、相互に影響を受けない人生をできるだけ、これからの人生で増やしていく必要がある。
結局のところ、復讐をするということは、それだけ親を強く意識しており、心理的に「自立(分離)」ができていない状態。
「親を喜ばせるために生きる」のも、「親を困らせるために生きる」のも、実は「親の反応を基準に生きている」という点では同じ構造
皮肉なことに、子供が本当に復讐を終えて自由になる唯一の方法は、親への不満を抱えたままでもいいから「親の反応なんてどうでもいい」と、自分の幸せのために勝手に生き始めること。
「毒親じゃないのに苦しい」 【親子関係アンインストール】 〜呪縛を乗り越えて〜
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



