本当に人生を変えたい・成功したい人のための「変えた・成功した人間からの視点」 〜あの頃の自分に届け〜

 

私は、若い頃、つまり10代の頃に、成功したくて、人生を変えたくて、

ああ、こんな風になれたらいいな

みたいな成功者にアポをとって会いにいって、そこでアドバイスをもらったりしたことがあります。

 

あの時の自分に送るような気持ちで、真実を語ります。

 

まず、自分が

  • 人生変わった
  • 成功した

という立場で、後に続こうとしている人、私から何かインスピレーションを得ようとしている人を見る際に、思うことがあります。

 

その際、人それぞれ、目的も、程度も、度合いも違うでしょう。

何か、いい話聞ければ良いや、くらいの人もいれば、

マジで人生本気でどうにかしたい

みたいなすがるような思いの人もいるでしょう。

 

なので、一般化は難しいのですが、「成功者」「人生を変えられた」という状態から長い時間が経って、いろんな人を見て思うことがあります。

 

それは、

ダメな奴というのは26歳〜29歳で自惚れている

という共通項です。

 

本質的な意味としては、

「もう遅いが、間に合わないわけでもない、その状況で、変えたい・成りたいと願う割には、それなんですか?」

という感じ。

 

 

確かにお前は美人で綺麗な部類ではあるけれど、男が全部負担して必死になって追いかけたりワガママに付き合うほどではないよ、JKJDじゃないんだから

綺麗だなとは思うが、熱中はしないよ。キミを想って眠れない夜を過ごす、みたいな恋をする対象ではないよ。そこまで魅力があるほど若くはないよ。

みたいな感じ。

わかりますよね。

 

18歳の女性をめぐって、「俺の女だ」と男がガチで喧嘩することはあっても、26歳の女をめぐってはなかなかありません。

 

 

26歳くらいで、

人生なんとかしなきゃ

みたいな感じでムーブをかますのですが、この人たちというのは、何かを大きく変えるには遅いが、遅すぎない、という年代です。

正直、26歳とか、28歳とかは、

ガチでマジで本気でとことんやれば結構、思うようになる

という年代でもあります。

 

26歳からドイツに飛んで、10年必死にやって、36歳にはそこそこドイツに馴染み、ドイツ語を話し、ドイツで仕事ができるようになっている。まぁあり得ます。

26歳から大学に入って、36歳には大卒じゃないとNGな仕事にそこそこ馴染み、それなりに認めて働いている。まぁあり得ます。

26歳から遅めのナンパを始めて、36歳には経験人数が100人を超えている。全然あり得ます。

26歳から歌手、俳優を目指し、36歳の頃にはみんなが「え、それ知ってる」という作品に出ている。まぁ、ワンチャン、あり得なくもない。26歳から芸人に転職して、36歳にはM-1に出ている。これもあり得なくもない。

26歳から東大を目指して、36歳には東大生になっている。これもあり得なくない。

 

絶対と言うには怪しいが、不可能というわけでもない、みたいな感じ。

 

16歳〜18歳は余裕で、マジで小学校レベルの勉強から怪しい人でも、マジで本気でゼロからやれば、22歳には慶應大学文系に普通に入れます。26歳で大学を卒業し、出遅れた慶應卒として社会に出ても、10年後の36歳にはそれなりにエリート街道を歩めるという意味で、やっぱり16〜18歳は余裕です。

 

問題は、26歳とか、28歳とか、その辺です。

この辺の人たちは、

  • 仕事
  • 結婚
  • 恋愛

に関して、ある意味、ラストチャンス的に大きく変えられる余地はあるのですが、その条件として、「マジで本気で、自己否定的に、かなりやらないといけない」ということです。

ここでチンケなプライドを持っていたり、素直さを失っていると厳しい。

 

で、このぐらいの年代の人が、何か、チャンスを求めて動くってのは結構あります。

 

26歳とか、27歳とかで、絶望してたり、諦めかかってる人っていますが、この人たちが諦めてるのが

  • 就活
  • 結婚
  • 起業

とかだとして、それらを成し遂げている5歳年上、10歳年上、20歳年上の先人から見た時、この年代の人たちは、

「できなくもない」

という感じなのです。

本当に。

 

一方で、

そのまま行けばできない

というのも事実です。

「俺の人生こんなもんよね」「私の人生、将来見えてきちゃったな」くらいに感じてる人たちの絶望を、単細胞的なポジティブシンキングで塗りつぶすような嘘を言うつもりはありません。いっぱしの大人である20代後半がそれなりに暗い気持ちになっているのだから、やっぱりそれなりに人生に暗雲立ち込めている、不味い路線なのはそれはそれで事実です。

負けてるかもと思ったら確実に負けていて、もう遅いかもと知れないと思ったら実際遅い、というのが人生。自己保存バイアスかかってますから。

ただ、確定して変更不可能とまでではない。

 

 

先人や成功者が後に続こうとしている人を見た時、その人たちは相談したりするのですが、

  • どうせ私は無理ですよね・・・
  • 僕には合わない・・・
  • 俺なんて・・・

みたいなことを言いながら、実は無駄にプライドが高く、自分の秘めたる才能を見出されて褒めてもらったり、人生逆転のシンデレラストーリーを歩むスカウトや手招きを受けたい、と内心思っていたりします。

ただ、考えてみてほしいのですが、

 

  • 芸能スカウトされる美女
  • 高校の頃の大谷翔平
  • 孫正義財団で支援される天才学生
  • 競合部活の監督から誘いを受ける中学生

とかをみたらわかるように、「本気で才能がある」という人は、それを利用したい人たちから声がかかります。

利用したいのです。

金になるから。

育てたいのです。

将来もっと化けるから。

契約したいのです。仕事を渡したいのです。

できるから。

 

ティーンエイジャーの頃の嵐や、NEWJEANSのように、才能を大人に利用されすぎて意向とは真逆のことをさせられることも多い。それが才能。

 

その意味で、そういうオファーが来ない時点で、そこまでの才能はないのです。

 

しかしながら、スポーツの世界でも、この時期に評価されていた人が25歳には消えて、この頃に全く評価されていない人が25歳でトップスターになってることはあり得ます。サッカーの世界とかでもよくあります。

サッカー日本代表のエースである佐野海舟や、伊藤純也はこの頃にはほぼ無名、代表経験なし。不動の守護神であるザイオンは20歳前後の頃は叩かれまくり。上田綾世だって下手くそと言われていました。

 

だから、諦めるの早い。

 

 

実際、私が、若い頃、

成功者に会って、色々話を聞いて、

いつも褒められまくっていたのですが、

その度に、

そんなに持ち上げてくれるなら、今大金くれよ

とか、

じゃあなんで俺は今スーパースターになってないんだよ

みたいなこともうっすら思っていましたが、まさにそれが、将来ポテンシャルだった、というわけです。

 

そして、腐らず、本気で自分を磨き続け、素直に吸収し、自己否定的・破壊的成長を続けた先に今の自分があるのです。

 

そもそも評価されていたのは熱意と素直さだったのかも知れません。

 

本気で、自己破壊的・自己否定的な成長をすると、

アイデンティティが揺らいだり、

苦しくなったり、

きついことが多いです。

筋トレと同じで、「自分を変える」というのは大体、痛いです。苦しいです。でも、筋肉痛・成長痛があって、変わるのです。

 

これが本当の変化です。

 

痛みもない、楽な次元では、変わりません。筋トレと同じです。

 

 

 

その意味で、

こいつダメだな

と思う人たちは共通する傾向があって、

このままだと夏、ビーチでモテないよね、と4月5月くらいにダイエット・筋トレを考え始めて何かし始めるものの、痛みも苦しみもない軽い遊びみたいな運動・トレーニングを軽くやってやった気になって栄養もまともにとってない奴ら

みたいな感じなのです。

 

これが、26歳〜29歳くらいで、

「なんかこのままじゃまずいよね」

と思い始めるものの、

「でももう人生無理かな」

みたいな悲観や諦めも混じり、

「でもなんとかなるかもしれない」

みたいなアクセルとブレーキを両方踏んでる感じです。

 

 

もうちょっと若い層はどうか?

 

18歳〜24歳くらいの層に多いのは、昔から、

自己評価が高すぎる

が故に、「どうして私が人生の大半を会社に捧げて、手取り18万円で、帰ったら寝るだけの生活をしないといけないの」みたいな発想からマルチ商法に走るタイプ。

毎年、4月ぐらいになると、こういう層がわんさか出てくる。

 

MARCHなんか余裕っしょwwガチ低学歴wwとか思ってたのに日東駒専にも落ちるみたいな、根本的に物事をなめているタイプも多い。

 

ただ、この人たちも、10年経つと、「あの頃は何もできなかったくせに自己評価だけ高かった」と気づくわけですが、おじさん・おばさんたちがこの年代の人がマルチ商法にハマっていく姿を見て「バカだな」と思いながらも、それでもこれ系の若い世代がいつもいつも絶えないのはバカだから騙されている・騙す側が巧妙になっている、のではなくて、若くて自己評価が高い、ある意味自分の人生や未来を諦めておらず期待値が高いからです。

 

  1. 君には無限の可能性があるよ
  2. 君にはもう可能性はないよ

と言われて、aの方を信じるのがアラツーです。

 

 

 

対して、15歳未満は自己評価が低すぎです。

中学校で友達できない、いじめられた、という理由で、自殺しちゃったりしますが、これはマジでやりすぎ。

15歳くらいまで、高校に入る前までくらいは、ネガティブに振り切りすぎちゃう人が多い。こういう人たちは、とにかく、

「まぁ、余計なこと考えなくていいから、とりあえずあと5年生きてみろ」

という感じ。

 

 

 

 

18歳〜24歳で自己評価が高いってのは、実は、割となんとかなります。

というのは、性格がそんなに悪くなく、ある程度素直さがあれば、「将来性込み」で買ってくれる人が多いからです。

「まぁ、若いってそんなもんでしょ」という感じ。

ミスも許される。目を瞑ってもらえる。

 

だから若者は、勘違いしてても、ポテンシャルがあるので、

「まぁいいか」

と需要されます。

 

女の子も、性格や頭が終わってても、U-24なら若さだけで利用価値を見出して買い手がつきます。

おっぱい、マン子です。

 

そもそもこの年代は、選択肢もあるし、お金がなくてもそうそう困らないというか、お金ないと苦しいですが「おじさん・おばさんで金ない」よりは深刻ではないし、周りのサポートもあります。

 

この頃、評価されてると思ってたが、実際は

「ポテンシャルありきだった」

とアラサー以降に気づく、なんてのもあるあるネタです。

 

 

厄介なのは、26歳〜29歳くらいで、人生に暗雲が立ち込めていることを悟りつつ、微かな希望と諦めの間で葛藤しつつ、どこかに打開を求めるものの、自己否定・破壊しきれず、プライドを捨てきれず、みたいな半端な状態

 

です。

 

もう子供ではない。若者も脱した。

かといって完全なるおじさん・おばさんでもない。

新卒待遇は受けられないかも知れないが、とはいえ、やり直しは全然できる。でも、出遅れと言えば出遅れ。

 

 

 

当たり前ですが、27歳なんて、37歳と比べりゃ、

  • 結婚
  • 就職
  • お金

の何に関しても、可変的な年代です。チャンスはあります。

しかしそのチャンスを、自分で潰してしまうのです。

必死になれず、素直になれず。

 

じゃあ、37歳になったらどうか?

 

この場合、まずチャンスがありません。バッターボックスに立たせてもらえません。そしてそもそも、チャンスの有無に関わらず、変われない人がほとんどです。仮にチャンスを与えられても、素直さ、気力、体力、全てがない。変われない。動けない。

もうおじさん・おばさんですから。

19歳・20歳で子供を産んだら、もう高校生の子供がいる年代ですよ。高校卒業間近の親ですよ。この年代は。

そりゃ、若くない。

 

 

もちろん、この37歳もまた、47歳の絶望やどうしようの無さと比べればマシです。ただここらへんになってくるともはや

  • うんこ味のカレー
  • カレー味のうんこ

くらいの目くそ・鼻くその世界です。

37歳と47歳の比較というのはそういうもの。

どちらも、ボリュームゾーンは金払わないとエッチできなくなってるし、ナンパしても誰も反応しないし、JKJDの彼女を作るのは困難。どちらもバイト募集の年齢制限にすら引っ掛かります。大方の正社員募集は「35歳くらいまで」と書いてあります。

 

47歳と57歳の比較ともなると、逆に逆転が起きます。早期退職をくらうような底辺47歳より、売れっ子で名の知れた57歳を会社に呼びたい、みたいなニーズが出てきたりしちゃいます。アラフィフもアラ還も大差ない、という次元です。

 

 

アラサーあたりで、余裕かまして、斜に構えるというか、

「もう終わりだ」

とか言いながら、若干甘えが見える、必死さがない風吹かす感じ。

 

これをやって、アラフォーで死ぬほど後悔する人は多いのです。

 

終わりだ、と思ってるなら、自分はカスだと自己否定して、本気で自己否定・破壊的な努力や自己投資をすれば10年後は間違いなく好転していることでしょう。でも、そこを、チンケなプライドで逃すのです。

そして、見事に、ダメなおじさん・おばさんになる。

 

 

28歳になってしまった、女でこの歳はもう需要なしクソBBAだわ終わった、絶望

みたいなタイプも、

28歳?まだまだ若いっしょ!と18歳みたいな格好と振る舞い

みたいなタイプも、どっちも市場で需要されないでしょう。

 

28歳で旬は過ぎてますが、そこそこ稼ぎますし、おっぱいもありますし、調子乗ったことも言いません、料理もできますし、配偶者を立てます、確かに売れ残りですが、この先の老後を一緒に過ごさせてもらえませんか?

的な綺麗どころは「ギリギリ何とかなるかも知れない」ということです。

 

ここでチンケなプライドが爆発すると、当たり前ですが、38歳独身BBAまで突っ込みます。するともっと状況が悪いというか、もはやノーチャンス。選択肢なし。

これを、「それでいい」と本気で思って、受け入れてるかどうか、みたいな感じです。

 

 

つまり、本質的に、

26歳〜29歳というのは、今の楽や今の「終わりかけの若さ」を楽しむ犠牲として将来を終わらせるかの瀬戸際にいる、

みたいな感じです。

 

「こう成りたい」「あれやりたい」

みたいなのは、叶わないわけじゃない。

 

ただ、18歳ではないのです。

18歳と同じ程度のスタンスで未来への望みを持っていたら、現実に復讐されます。

 

これをもって、

「ああ、結局、期待するだけ無駄だ」とか、

「やっぱり今を刹那的に楽しめばよかった」というのはあまりにもメタ認知に欠けています。

 

 

若いわけじゃないが、完全なるオジ・オバでもない、みたいなゾーンが一番難しいです。

 

24年間続いてきた若者扱いから脱し、

さらには「10年後のbetterをとる」「よりマシな地獄を選ぶ」みたいな感覚がまだない。

 

人生の上り坂しか登ってきておらず、下り坂の下り方がわからない。

自分がおじさん・おばさんに片足突っ込んでいるのを認めきれない。

 

 

 


===

西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。