10代の頃から、40代50代60代で人生を楽しめるようになるにはと考えてきたが結論、金と女

10代の頃から、40代50代60代で人生を楽しめるようになるにはと考えてきたが結論、金と女。その年代で楽しそうにやってる連中を眺めてたけど、みんな金と女を満たしてた。

だから俺もそうしようと。

人生を楽しくする方法はいろいろあるけれど、リアルに突き詰めると、結構難しい。いわゆるおじさん年代ってリアルなのよね。

なんで40代以上なのかっていうと、このあたりからやけにリアルだから。

 

若いうちはフワッとしてりゃ大丈夫。

 

いくら馬鹿でも幸せっぽいものは手に入るのよね。

若けりゃ、平均以下とか底辺じゃなけりゃ普通に口説いて、デートして、付き合ってみたいな感じで幸せ気分には誰でも浸れる。

就職したり、結婚したり、子供産んだりみたいなのって普通過ぎてつまらないじゃん。

逆に言えば、若いのに、普通っぽいコース採択してうまくいってない人は相当焦った方がいいと思う。

 

おっさんになれば、若いうちのようになかなかうまくはいかないはず。

そっからがリアル。

 

俺の人生計画の基本はそこ。

10代から、中高年の暮らしやライフスタイルのリアルを見越して計算できてる人間ってどれだけいるんだろうね。

 

普通の幸せなんてのは良い家系に生まれて、上流大学を出て上流企業に入って、同族と結ばれて懸命に働きながら、っていう中で手に入るもの。

平均、もしくは平均以下なら相当いい嫁を引き当てたら幸福だろうけれどこれの確率はかなり低い上に、何より自分の器が求められる。

そうじゃない層がそれを追いかけてもどこかで綻びが出る。例えば経済力の問題で家庭の雰囲気が陰険になったり、なんとなくカツカツでできることが限られていたり、お互いに負の連鎖とかね。

 

俺は具体的かつリアルな願望として、40代、50代、60代でキャバクラとか風俗で若い女をはべらかすことがリアルな幸せだろうと想定し、やっぱり財力と考えていたからかなりいい線の考え方していたと思う。

普通の幸せ、普通の暮らし的なものは資格要件が厳しい上に高度な人間性と我慢が求められる。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。