どうしてシンガーソングライターと芸人を目指さなかったのだろう?

どうしてシンガーソングライターと芸人を目指さなかったのだろう?と自分に問いかける。

なれるはずがないから。そんなものを目指すのは異常な人だから。そう思ってダラダラ生きてた。現実を知って、このままじゃいけないって思って反動的に何か志を持った。

雇われない生き方を目指そうと思った。

もちろん、どうなるかわからなかったけれど。その時はもう消去法というか、人生のシナリオパターンをある程度描いた上での選択。でも、これにあたって当然、リスクとかあったはずなんだよね。

ところで、自分の人生に疑問が残る。

なぜ、過去の俺は、、、?という。

どうしてシンガーソングライターを目指さなかったのだろう。

どうして芸人になるという道を選ばなかったのだろう。

そういうものが選択肢として一切考慮されてなかったのはなぜだろう?

そうやって自分に問いかけると、盲点だったとか、思い込みが邪魔してたとか、誰かに導かれていたとかそーゆーところにたどり着く。まあ、だいたいは生まれ育った環境だったり、親、友達、親戚によるところが大きいかな。

もし、音楽一家、芸能一家に生まれてたらすんなりなっていたのだろう。

自分の両親を見て、それが成功事例と思えず失敗事例だと思うのなら、そこから何を学んでどうするのかってのは割と使える成功メソッドなのかもしれないと俺は思う。

完全に俺の人生、逆張りだぜ。

『これはいけない!こーなりたくない!』

っていう例は身近に実感を持てる範囲でいろいろあるんだから、それと同じことしてたらやべーよな、ふつーにさ。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。