人生に「希望」が無いのではなくて、「知識」と「情報」が無い

凍える冬の季節は、若かりし日々を思い出す。

あの頃は、人生に希望が無いと思っていた。

そして今の私は、眼下に絶景を収めて人生への充実感で溢れている。

一体何が変わったのだろう?

希望が無かった頃の自分は、ふてくされて流されるようにパチンコを打つのが習慣だった。

 

「君はやりたいようにすべきだよ」

「君ならできるよ」

「リスクは投機じゃ無い限りはどっちに転がっても役に立つ」

あまり行き慣れないホテルのラウンジで、尊敬する人にそう言われた。とはいっても、そのメッセージはお世辞に聞こえた。自分の心の中にスッと入ってこなかった。何をどうしたらいいのかもわからなかった。

 

とりあえずTSUTAYAに行ってみる。TSUTAYAで本を読んでみる。今思えば、あの頃、目の前に広がっていた情報の数々は、知識が無いから一体何がなんだかわからなかった。どれもが同じに見えて、区別も判断もつかない。ただ、印象的なキャッチコピーの本を手にとってみる。めくってみる・・・・。

「ハァ」

なんとなく、ただなんとなく、荷が重かった。

 

怪しいセミナー動画は、刺激だった。自己啓発教材の世界は、非常に魅力的だった。スッと入り込めたし、わかりやすくお金をビンビンに出してるのが良かった。どんな人でも成功できる。なりたいものになれる。お金は簡単に稼げる。好きなように暮らせる。人生はうまくいく。

食いつくように動画を見た。

学校の先生や、友達や、親や、出会ってきた普通の大人たちとは違うことを謳う人たち。彼らに脳みそが洗われていく。まずは、そうやってマインドブロックを外していくことから始まった。今思えば、エントリーポイントとして流石だったと思う。いかなる胡散臭いセミナーであろうと、入り口が素晴らしいってことはマーケティングとして最高に素晴らしい。多分、出版業界は怪しい界隈の連中を雇うことが斜陽産業化している自分たちを救うことになると思う。

 

できない、が、「できるかもしれない」へ。

してはいけない、が、「しても良いかもしれない」へ。

自分には能力が無い、が、「自分に力はあるかもしれない」へ。

少しずつ。少しずつ。自分の中の何かが動いて行った。自分にはできるんだ。自分にはしてもいい権利があるんだ。自分にはしうるポテンシャルがあるんだ。

無理にでも、そうやって思い込んだ。

 

希望が無かったんじゃ無い。

情報が無かったんだ。知識が無かったんだ。今は本当にそう思う。

ビートたけしの本に、「やりたいことがないって言っている若者が増えているらしいが、やりたいことがないんじゃなくてやりたいことができる力が無いの間違いだろ」ってあったけれど、本当にそう思う。

やる気がないとか、できる気がしないとかに関しても同じ。

人生は無知と恐怖との戦いだ。放っておくと、魔の手が忍び寄ってくる。それを追い払うように、頭の中に知識と情報を入れていかないといけない。こうすることで、無気力や不安、後ろ向きな気持ちから解放されていく。恐怖も取り除かれていく。

 

そして今。

俺の中には、膨大な知識と、確かなスキルと、経験がある。昔と違い、目に入ってくる情報にはそれなりの意味づけができる。区別ができる。取捨選択ができる。五感を通して入ってくるものに、昔は見えなかったものが見える。同じ景色を前にしても、もしかしたら他の人には見えないものが、見える。

これが財産になり、元気になり、勇気になる。

そして希望になる。

希望なんて言葉は、絶望している前提じゃないと出てこないというか、いちいち口にするのも恥ずかしいのだけれど、それを仮に炎だとしたら鎮火してないってことだね。ズーーーっと、ゆらゆらと揺らめきながら、心に火がつき続けてるんだ。

鎮火していたような時期にも、実は火種は残って煙を上げ続けていたんだと思う。

そして、その火に水をぶっかけないでいた自分を褒めてあげられる。

 

Cause when I look inside my heart

and I tell the truth to me

Loud and clear my soul cries out with total honesty

I need the fire, fire , fire to keep me warm

I got to feel the fire.

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。