日本で攻撃批判的毒舌キャラが通じるのは多分35歳まで、40からはキツい

 

日本で毒舌キャラが通じるのは多分35歳まで、40からはキツい

理由は、年功主義

これは一時期、とんねるずがテレビで勢いを弱めた理由とも重なるんだけど、大なり小なり年功主義があるのなら、歳上が20歳離れた下の世代に攻撃的に批判してると映りとしてパワハラ感がヤバい

有吉弘行とかもこの辺の調整は敏感やと思う

 

35歳だと、±20歳が、高校生〜55歳の社会の頂点権力者までカバーできる

この時期に鋭い論客として注目を集めて、そこから鞍替えできんかった男は、40代以降、女で例えたら30代のキャバ嬢みたいになってしまってる

だいたい40代以降でそうなってるのは35の頂点から抜け出せてない

 

仮に歳を重ねても昔を知る世代や同世代から支持されてたとしても、若い世代からの映りがひどい

しかも、大抵、その攻撃的な論客は下から上を刺した、若い世代の代表みたいなところあって、これが歳を重ねると見事に老害シフトする

わかりやすい例が石原慎太郎で、老害とは個人的には思ってないけど、

世代によっちゃ、大学生時代にエロい小説書いて物議を醸し出し大人たちに賛否両論されて飛び出た早熟のスーパースターだけど、ある世代からしたら強面の権力おじいちゃん。

 

トヨタは、

人の良いおっさん

を出世させるという

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48625?page=2

 

official髭男dismのpretenderみたいな曲を歌ってデビューする40代がいないのはシンプルに年齢だよ、セクハラか否かの境界線は内容じゃなく発信源の若さで、まさか往年のシンガーが今から大ヒットラブソングを書けるわけが無い

 

純度の高いラブロマンスほど、加齢すれば頑張れば頑張るほどセクハラ

時折告発されるセクハラ社内メールは当のおじさんは純愛の渦中にいて必死だからね

不純度が高いラブロマンスほど、加齢してもまあ通用する

 

純粋に人を想う気持ちは、加齢すればセクハラなんだよね

だから人を好きになることはある年齢までに必死にやっておいて、そこから先は発情することはあっても、好きになることはないというレベルに持っていかないと苦労するよ

そもそも、おじ専みたいな若い子が歳上に求めてるのは純な気持ちを向けられることじゃないからね

 

発情することはわかりやすく不純で気持ち悪いしこれは若い世代も同じ、

しかしガチの恋は一定年齢ゾーンから本気でセクハラやねん

 

 

 

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男


saionji general trading & business development




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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。