【本音で語ろう】@10:男が金を稼ぎ始めるのはいつだって、女のため・・・?

 

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@ 怪しい儲け話
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今回は、全編にわたって私の人生経験を語ります。

高校1年生の時、他校のめちゃめちゃ可愛い子に「好き」と告白されました。その子は、スッゲーーーーーーモテる子で、まぁ、周りの男子から羨望の目を向けられる垂涎モノの美女でした。言葉が下品ですね。笑。古い言葉を使えば「みんなのマドンナ」的な子でした。

しかも、同性に好かれる不思議ちゃんキャラで、性格がとっても良く、所作振る舞いが何をやらしてもカワイイ。

私はアレを、「人生で唯一、宝くじに当たった経験」と呼んでいます。

だって、そういう子から一方的にベタ惚れされて、向こうからアプローチされたのですから!!!

 

今でもハッキリと覚えていますよ。はじめてのデート。デートと呼んでいいのかわかりませんが。その子とはじめて、2人きりで過ごした時のこと。地元の中学校の正門で待っているその子を迎えに行きました。めちゃめちゃ可愛かったです。大人びてて、不思議な妖艶さと可愛さがあって、「超高校級」というか、制服似合ってないんですよね。

暗闇の中の、あの子の笑顔を忘れられません。

 

芸能人が制服着ているみたいな感じで、いい意味で違和感がありました。

ピュアですねー。ドキドキしますよねー。

夜の道を、二人して歩く。言葉が出ない出ない。彼女の方を見ることさえできない。たまに目が会えば、まぁ、顔は真っ赤ですわ。こっちも、あっちも。ポツポツと並ぶ街灯や、たまの車のライトが照らしていく歩道を、二人して歩く。その時、自分の顔がどうなっていたか確かめる術は無かったのですが。きっと赤面だったことでしょう。

 

わんちゃんを愛でる姿、甘くて高い声、抱きしめた時の体の華奢さ、胸の感触w、手の小ささ、髪の匂い・・・・・・

女の子って、なんでこんなにドキドキさせるんだろう、と、そのピュアな当時なりに胸を高鳴らせたものです。

 

その子が私を選んだ理由はサッパリわかりませんでした。

周りからも言われました。なんでお前なんだ、と。

その子の友達たちは、「おい、あの子が彼氏作ったらしいぜ!?どんな相手だよ!?」ってザワついてたらしいです。そして、私だと知って、「え?」ってなってたそうですよ。笑。

(うざwwww)

 

当時は、「この子は俺みたいな彼氏で良いのかな・・・・?」とか真剣に悩みました。めちゃめちゃ自信無かったので、すごい不安になりました。女々しいですねぇ。身分不相応なものを手に入れてしまった、と本気で思いました。彼女が、他の男と喋っている姿を見てるだけで怖くなったりして。

「あぁ、いつこの幸せは終わってしまうのだろうか、、、、」みたいなこと考えたりね。

終わりが怖くなるわけです。

 

結局、この交際は、私の自滅により、幕を閉じました。

自分に自信が無いまま大きな報酬を得ても、身分不相応だという自覚があれば、勝手に自責の念に囚われて鬱っぽくなる、疑心暗鬼や不安に囚われる。そう学びました。

あれ以来、私は、

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身分不相応な報酬は気を病ませる。

身分不相応な報酬は、いつそれが、自分の手元から離れていくのかという不安で気を病み、余計に不幸になる。
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という教訓を得ています。

 

何より、今思えば、「相手が自分のことを好きでいてくれているのだから、喜ばせる・楽しませる・幸せにすることに注力する」という視点が無かったですね。

今思えば、、、ね。

 

一応、オチというか、その子が私を選んだ理由を明かしておきますが、「優しいから」「思いやりがあるから」「紳士的だから」だったそうです。その子の友達から聞きました。

自分で言うのはアレですけど、確かに、その頃はそうでしたわ。今となっては見る影もありませんけど。

 

実は、その当時、西園寺さんが自信を持てなかった理由の一つとして、「お金」という要素は大きかったです。

勉強もスポーツもできなかったし、才能も無ければスクールカーストで上位だったわけでも無かったので、当時は自信のカケラも無かったんですけど。

 

その子の実家、お金持ちだったんですね。

でも、西園寺さんの実家は比較にならない。しかも、家が狭いし、自分の部屋が無いからその子をお家に呼べない。二人で過ごす場所に困ったんですね。お金も無いから、デートにも困ったんです。

その時、私は真剣に「お金」という課題に直面しました。

人を好きになるという気持ちは純粋で、純朴なもので、しかも人間的なものです。ましてや15歳そこそことかなら。でも、その営みを持続させるためにはお金が必要。しかもほら、女の子って「あれいいなぁ」「これいいなぁ」「あれしたいなぁ」って色々言うでしょう。

 

西園寺さんが、「お金を稼ぐ」ということに目覚めたのは、その子とお別れをして、結構すぐだったような気がします。

あと、高校入学したばかりの時、友人たちと一緒にファッション雑誌の「デート特集」「彼女との初エッチ特集」みたいなのを見ながら、

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「彼女欲しいよなぁ・・・・」

「お金欲しいよなぁ・・・」

「金ないと何もできないよなぁ・・・」

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みたいなことをやたら話していたんですよね。

 

こーやって考えると、私が一番最初にお金に興味を持ったのは、「女」がキッカケだったように思います。当時の私の周りも、みーーーーんなそうだったんですよね。

女の子って早熟で、早い段階からお金がかかるものに興味を示す。服、ファッション、メイク、デート、おしゃれな食べ物・飲み物、おしゃれな場所など。

でも、男子は遅い気がします。女の子に引っ張られて、、、という感じでしょうか。

 

もちろん、小学生の頃からお金欲しかったですよ。でも、その時は自分の欲望だったからよかった。しかし、愛と金が結びつくとどうなるか。好きな人・大事な人に、「不遇な思いをさせている」という感情が湧いてくる。胸が痛いわけです。辛いわけです。罪悪感を感じるわけです。

その痛みたるや、強烈です。

 

ちなみに、私は15・6歳からガリガリ働く経験をし、年齢不相応な金を手にして同世代より圧倒的リッチな人間になっていきました。そして、いらぬ夜遊びというか大人の世界を知って、女の先輩たちと交流し本音を聞いたりして、ますます、

「女=金」
「金=女」

という構図が頭に焼き付けられました。金のために谷間と美脚を露出して接客する女たち。金がある男に群がる女たち。彼氏の懐事情を密談する女たち。彼氏の収入やデートの内容について愚痴る女たち。お金の話ばっかりしている女の先輩たち。他人のデート事情と懐事情を話し合う女たち。

職場にそういう人がたくさんいた。笑

聞こえてくる言葉、単語、容赦ないフレーズ・・・・。

ピュアだった当時の私にとって、それは強烈でした。

 

でも、不思議なことに、大人になってお金に困らないようになってから、「あれ?世の中の女の人ってそんなにカネカネしてない!」「あれ?こんなにおカネの面でしっかりしている人がいるんだ!」とか思う場面も増えました。

んー、不思議。

 

お金を追いかける中で身につけた自信、知識、教養、それから行動範囲や付き合う人の変化などが、私の環境現実を変えたのでしょうか?

謎です。

 

・・・・・・あなたが一番最初に、お金に興味を持った経験って何でしたか?

 

 

 

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@閑話休題
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バイトだろうと、非正規雇用だろうと、正規雇用だろうと、基本的に大差はありません。

雇われて働いている、というだけです。

私は学生時代に、鬼のように働いた経験から、「組織で雇われて働くことの問題点」をいくつか学習しました。その中の一つに、

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組織は組織の原理で動いていて、

組織構成員は場所を移れば基本的に積み上げたものがリセットされ、

また、命をすり減らして働いても、

蓄積がないまま給与だけ渡され、給与は日々の消費でどんどん流れていくこと

〜〜〜

というものがあります。

要するに、耐用年数ギリギリまで使い倒されて終わってしまう「悲しい宿命」だということです。仕事で体調を崩し、病んでいく人をたくさん見ました。職場いじめなどもたくさん知りました。

 

解決策を求め、私はたくさんの本を読むようになりました。

そこで、

「事業をする」

という世界を知ってから、人生に希望の光が差し込んだような気がしました。目の前がパーっと明るくなったような気がしたんですね。思えば、仕事を通して知り合う人の中には、事業を持っている人たちがいて、彼らは自由そうに見えました。そこから、私の将来目標は「事業をする」ということにガチッとセットされ、それ以降の活動は全て、「そのための学び」と捉えるようになりました。

また、本で知った、ユダヤ人の強さなどに感銘を受け、

〜〜〜

焼け野原から立ち上がる不屈の力

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というものにも興味を持ち、独自に研究するようになりました。

それ以降、学習・自己投資の歴史が始まりました。いくつか場所を変えて組織で働く経験もしましたが、「本気で雇われ仕事に没頭する」という精神は失っていました。正直、全部流しでやりましたね。私の心は、「将来、事業をする」ということに取り憑かれ、奪われていたからです。私の全てのエネルギーは、自分の将来のための学習に結びつくようなことに振り分けられていきました。

また、「雇われて働くこと(employee)」全般に対して、すっかりと嫌気が指すようにもなっていました。

 

・・・・・さて。

あなたにとって、最高に幸福を感じる瞬間というのはどういう時ですか?

 

常夏の雰囲気の中、白い砂浜、青々とした海、どこまでも透き通るような青空・・・・・、開放的な絵がバーーーンと目に飛び込んでくる時ですか??

寒空の下、むくむくと湯気をあげる露天風呂を見たとき?

有名テーマパークに遊びに行ったとき?

飛行機に乗り、窓の外を眺めると、白い雲が一面に広がっていて、カラッと晴れた世界を飛んでいると五感で感じる時?

スパイシーで刺激的な、目にも鮮やかな料理を頬張る時?

お洋服を買いに行って、ウィンドウショッピングをしながら、欲しいものをバーーンと買い込む時?

ネットショッピングで、欲しいものを「カチカチカチ」とクリックして買いまくる時?

高級車ディーラーで丁寧な接客対応をされながら、夢だった車の値段を見て、「あー、買えるなぁ・・・・」って思うとき?

それとも、夜景が見える綺麗なホテルで、美女に「クチュッ・・・・クチュッ・・・・」とイチモツを咥えてもらう時?

綺麗なクリスマスイルミネーションを見る時?

穏やかな自然を見る時?カヌーを漕いでいる時?サイクリングしている時?

幻想的な風景を見ている時?

素敵な異性と一緒に過ごす時間の中で、「不安を考えないで良い」時?

パートナーとイチャついている時?

・・・・・。

 

私は、昔の自分が「憧れていたこと」は一通り体験しました。

自分が「これ欲しい!」「これやりたい!」「ここに行きたい!」「こういうことがしたい!」と思ったことは叶ったのです。

しかも、「自分の力で」です。

 

最高の幸せです。

自分の望む形で手に入れたライフスタイル。

その中で、幸福を感じさせるものと触れていると、喜びが湧きあがります。

身体の奥底から、グワーーーーーッと感動が込み上げてくる。

良かった・・・・って本当に思う。

 

夢じゃないのです。そこにある現実なのです。

 

最高の幸せです。

自分の描いた理想が目の前にあると感じる瞬間。まさに、夢の中にいると感じる瞬間。欲しいものが手に入ったと感じる瞬間。過去の決断、努力に感謝したくなる瞬間です。

「このために生きてたんだーーー!!」

って思う瞬間。

こういう瞬間を、一度でもいいから味わえると、個人的には「人生、やり直したことはないな」って思えます。

 

人が最高の喜びを感じる瞬間は、ずっと、長年の憧れだったことが叶うことだと思うんですよね。

舞台に立ちたいとか、本を書きたいとか、世界一周をしたいとか、買いたいものがあるとか、住みたい場所があるとか、望む人生があるとか、何でも良いですけど、「長年の悲願」が叶うと、最高の幸福感に浸れると思います。

 

 

 

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@俺の哲学
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オフィスの郵便受けに、セミナー会社から「上位●%のロイヤルカスタマーである貴方へ・・・・」とか、某コンサルタントの教材案内パンフレットとか、ブランドの店長から「お久しぶりです、新作が入荷しました・・・・」とか、クレジットカード会社から「上位のカードへのご案内です・・・・」とか来てました。

若い頃から、「自己投資!自己投資!」ってな感じで、自分を強くしそうな情報にバンバン金突っ込んできたから、いいお客さんとして扱われることが多い。営業メールはバンバン届くし、昔持ってた電話番号には営業電話とかすごく来ておりました。

何だろう。いろんなブランドでロイヤルカスタマー化してる。ガンガン買いますからね、本当。

 

私は昔から、「コネ」とか「人脈」の類の話が、好きではありません。お金持ちと近づいて縁を作ろうとか思ったことも、ほとんどありません。趣味、プライベートで友達になった人とか、腐れ縁の人とかは居るけれど、そんなに連絡取ることもないし、会わないし。

ただ、昔、

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どうやったら経済的に成功できるのだろう?
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とヒントを求めて彷徨っていた頃、超大金持ちの家に行ったことがあります。知人に誘われて、フラーっと行ってみたんですね。大金持ちが、自宅で開催しているパーティーに。もう、結構昔の話ですけど。その当時、そのお金持ちの人は50代くらいのおっさんで、中学を出てからインド放浪をきっかけに、ズーーッと世界放浪をして、その後、日本に帰ってから不動産事業を始めた人なんですね。

その人が話をしていたことで、印象に残っているのがあります。

それは、

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日本人は、家賃、結婚費用、保険、車、大学の学費、外食費用、服の費用のために生涯をかけてがむしゃらに働き、そして死んでいく・・・・
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というお話でした。彼は海外経験が長いので、「海外はちげーぞ」って言ってて。海外は日本みたいに新築にこだわらないし、ボロい家に住むし、変な不動産慣習は無いし、日本みたいに小綺麗にしてない・・・と。それから、日本の常識を疑えない人間が成功なんてするわけないとピシャリ・・・でした。

 

私、納得したんですね。

あ・・・・・確かに・・・・・って。常識気にしてたらダメだわ、って。

日本の常識というものを気にして、それに染まって居る限り、どうしても出ていく費用がある。そしてその費用のために働き詰めになる。そして人生を潰す。いつの間にか、どんどん歳をとって居る。時間が無い。若く無い。それで普通の人生は終わる。これが、大金持ちのおじさんが言っていたことでした。

彼は結婚もしてなかったし、子供もいなかったし、若い頃は常識では考えられないような「外れた生活」をしていた、と言っていました。すごいボロい家に住んで、食事は野菜もらったり節約したりして、でもたくさん働いてお金使って、そのお金を自己投資的なこと、自分の事業の実験的なことにガンガン使った、と。

実は、このおじさんの後にも、若くしてIT会社を成功させた若社長と食事をする機会があったのですが、その人も同じことを言っていたんですね。金を使って来た、って。同世代には金を貯め込んでいる人がごまんといるけれど、僕はガンガン使ってきたって。そのおかげで、たくさんの経験値があるから、強いんだよ、って。ただ、この人は元がエリートだったので、あまり親近感を感じられませんでしたが、それでも良い勉強になりました。

 

ただ、こういう考え方に対して、

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ひたすら節制をすべき!
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という反対意見もあります。特にお金持ちの哲学として取り上げられるのが「マルサの女」の名シーン。ひたすら貯めて、溢れてきた水を舐めるの・・・的な話。あと、「隣の億万長者」などに代表されるような自己啓発ですね。

私も若い頃に色々と迷いましたが、「お金を貯める系」の考えにはNOを突きつけました。理由は3つあります。

まず、1つ目。私の考え方の基礎を作った会計学の視点からなのですが、「キャッシュを貯め込む」というのは経営上、良く無いんですね。一般家計、つまり消費主体として生きるのであれば、「借金=悪」「金を使う=危険」みたいなのが一般的イメージですよね。ところが、事業(お金を稼ぐ)をやるのであれば、「借金=ニュートラル」「金を使う=(投資)」なんですね。資産のためにお金を使う。資産性があるもの(将来の長きに渡ってお金を呼ぶ可能性があるもの)にお金を使う、売上を呼ぶことにお金を使う。特に、こういった支出のために、資金繰りを詰まらせないことが経営の要だったりします。

2つ目。これは「時間がかかる」ということです。別に私は、老後を楽しみたいわけでも、定年退職後に豊かな生活をしたいわけでも無い。また、貧乏から再起できない・時間がかかりすぎるのでは意味が無い。30年、40年サラリーマンやった後にどうこうなっても意味ねーなって思ったんですね。何のための人生かと思った。特に、税金やインフレのこと、節制と貯金に伴う日頃のストレス蓄積などを考えると、「半端ないな」と。節制にうるさい大富豪のウォーレンバフェットの自伝を見ても、ケチすぎてこんな人生真似できない、と思いましたし。

3つ目。「資産価値下落」ですね。資産の代表格である不動産なんかは、人口減のこの国では将来展望が良くない。不動産収入はインカムゲインとキャピタルゲインがあるけれど、バブル期の不動産転がしで痛手を負った人間たちを見てもわかるように、キャピタルゲイン狙いは危ない。不動産の醍醐味はインカムゲイン。不動産でリッチになろう系の話はアメリカから来るものが多い。だけれど、アメリカの不動産長者の事例は、税制や融資制度が違う日本ではなかなか使いづらい。日本とは住宅事情が違いすぎる。インカムゲインによる収入を前提に考えると、元本が莫大である以上は将来展望を良く考えないといけないけれど、人口減だし、土地の高度利用による供給床面積増加、高度なエリアマーケティングが求められること、知識や技術があまり介入しないマーケットであり「資本力」の勝負になりやすいこと・・・・などを考えるとどうかな、と。何より信用力を使ってファイナンスすることが肝の世界ですから、ゼロから立ち上がる力が欲しい自分にとってどうなのかと思った。貯金・節制系の人たちが、最終的には不動産や株を勧めているけれど、これは時勢によるところが大きく、何よりこの先危ないと思った。あと、世界の億万長者ランキングなどを見ても皆、事業家。これまでに直接対面して会ってきたお金持ちはみーーーーんな事業やってたんですね。

人生の保険、ということを考えてみても、資本が無い人間は、失敗すれば「労働力としての人生」に戻らなくてはなりません。労働力としての価値を殺さないために、FX、株、先物取引、不動産などに時間とお金を振り向けるのは良くない、と。

事業なら、失敗すれば同業を中心に転職できますしね。

特に、私はユダヤ人の生き方というかサバイバル性に啓発されているのですが、彼らが「不動産・預金・金銀コモディティ(持ち運びに苦労する)」などについて、資産性を信用していないことが結構、ポイントでした。実際、ユダヤ系の起業家が起こすビジネスって、元手がそんなになくてもできそうなものが多かったりする。

・・・・・・まぁ、そんな感じ。

 

だから、お金は使おうと思ったんです。お金は使うと決めたんです。特に学びが多いことに。私の中のイメージですが、どんどん学んでいくと、目の前の物理世界は同じでも全く違うものが見えるようになっていくんですよね。

「何であの人は結果が出せるのに、自分は出せないのか?」

と思ったこと、人生で何度もありました。答えから言うと、目の付け所が違う。見ている世界が違う。目に見える違いも大事だけれど、目に見えない違いも大切。

すごい人、できる人が描いている構想。

見ている景色。

これはぜんぜん違う。

 

細部だけに囚われる、視野狭窄に陥るのではなく、もっと鳥の目を持つ。幅広い視野を持つ。

グワーーッと空の上に飛んでいくような視点から、グワーッと地上に降りて顕微鏡でガーーッと覗くような視点まで、持つ。

 

見えないものが見えるようになる。景色が変わる経験をする。お金を稼ぐ、生むという世界の中で、本質的な洞察ができるようになると人生、変わります。私は変わりました。

この視野、視界、視点が安心をもたらす感覚です。

あぁ、「見えている」という感じ。

ビジネスをやり始めた頃というのは、目先の作業で一杯一杯です。とにかく視野が狭くなる。目先のことに追われる。でも、そういう経験をたくさん積んで、多角的な視点を持てるようになると、いろんなところで役立つようになる。いろんな場面で、いろんなものが見えるようになります。

スキルも身につきます。

 

実際に、お金を稼いだ経験というのは必ず役に立ちます。

失敗しても人材価値を見込んで拾ってくれる人がいるものです。

株、パチンコ、FX、仮想通貨などにハマっても、誰も雇ってくれません。

 

冒頭お話しした、15歳の頃の恋愛経験が未だに身に刻まれているのでしょうか。

身分不相応なリターンに興味は無いのです。

たまたまの成功なんて、不幸です。

自分の実力に根ざさないで得たものは、「いつ、これが無くなるのだろう」という不安に怯える毎日に変わります。

異性やお金など、「人生にインパクトがあるもの」をラッキーで得ようとしてはいけません。裏技とか、「何でも良いから手段を選ばず・・・」とかやってたら、あとあと、絶対に後悔します。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。