人からの褒め言葉が信用できない・お世辞に聞こえる・嬉しくない・胡散臭いと思ったら → 『そもそも、性別、年齢、血液型等以外のセルフイメージは全部気のせい』

 

人からの褒め言葉が信用できない・お世辞に聞こえる・嬉しくない・胡散臭いと思ったら確認したいことがある。

 

それは、

『そもそも、性別、年齢、血液型等以外のセルフイメージは全部気のせい』

ということだ

 

たとえば、西暦〇〇年生まれ。年齢〇歳。血液型〇型みたいなものは、はっきりわかる。しかし、優しいとか、怖いとか、賢いとか、バカとか、飲み込みが悪い、効率が良い、仕事ができる、モテる、美人だ、イケメンだ、そういうものは全部気のせいである

 

無い、というわけではなく、極論、わからない、ということである

だから、喜ぶのも、落ち込むのも、ある意味で蜃気楼のようなものだ

 

ということは?

褒め言葉というのはそもそも、モチベーションに繋げて、行動が喚起されてこそ意味があるのであって、自分の正体を掴もうと自分について人に聞いて回ることは結局、堂々巡りになる

ある程度の傾向がボンヤリ見えるだけである

 

自意識が先行した人生はつらい

そうやって自意識だけが肥大すると、実に辛い

だから、たとえば欲しいものとか、欲しい人を意識した方が良い

そこではじめて、『〇〇さんに気に入られたいけど、〇〇さんからの評価は〇〇だった』という発想が出てくる

 

自分が何者か?

この問いの闇に引きずりこまれやすいのは、若年期の特徴で、それは強い自意識によるものだ

冷静に考えて、自分が明日死んでも、世界は変わらず回り続ける

志村けんクラスの大物でも、割と世界は変わらず回り続ける

それを知った時、もしかすると愕然とするかもしれないが、むしろ、それはポジティブなことで、割と世間は自分のことなんて気にしてないから、好きなことやドデカイことができる、とフットワークが軽くなった気分になる

 

何か面白い事をやってやろう

何かやばい事をやってみよう

あそこに行ったらやばいんじゃないか

これをやってみたら面白いんじゃないか

 

そういう発想で生きている方が楽だし楽しい

 

自意識、自己評価の闇は深い

言葉の意味をひたすら辞書で探ると、言葉を言葉で説明する循環論法に行き着くように、結局なんらかのネットワークの中でそれっぽい傾向評価があるのであり、それがある程度社会的評価として固着する

だから、人生を変えたければ、

  1. 引越し
  2. 人付き合いの刷新
  3. 時間の使い方の変更

なのでもある

 

そして、自分に対するプラスの評価を求めて彷徨うことは、手元にあるペンを10万円で売れる場所を探し回ることに近く、割と徒労に終わることが多い

むしろ、自分がアクティブな行動を起こせる、そんな場所を求めて上記の策を実行するべきである

 

 

 

 

 

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男


saionji general trading & business development




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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。