人に嫌われるのが怖い人へ!人に嫌われても良いと思う方法を教えます!

人に嫌われるのが怖い人へ!人に嫌われても良いと思う方法を教えます!

その方法とはずばり、これです。

 

別に好かれたところで誰も助けてくれるわけじゃないと知る。

コレに尽きます。

一回地獄に落ちるというか、底辺に落ちればわかります。

そして、この誰も助けてくれない、を憎悪とか攻撃性に転嫁してしまうのが世の中の犯罪者ですが、コレもアウトです。

 

要するに、

ひねくれちゃダメ

ということです。

 

仕事も恋愛も、大人はひねくれちゃダメです。

そして、世の中には経済的にうまい話はたくさんありますが、

無条件の恒久的な永遠の愛は存在しません

のでコレに騙されないようにしてください。

世の中の人たちが、『うまい話はない』と言いますが、あります。うまい話はありますけど、なんか無条件に永遠に湧き出てくる愛みたいものはありません。あるとしたら、お互いに埋め合うみたいな、擬似永久機関みたいなやつです。

こういうこと言うと、女友達とか家の猫に『そんなことないよ!』『そんなことないにゃん!』と怒られるかもしれませんが、私たちにはオッパイもマンコもありませんし、猫のような可愛い見た目もありません。猫はさておき、かわいいオッパイちゃんや、マンコちゃんも10年後、20年後には可愛さで渡っていけず、

すいませんでした…

と謝罪してくること必死なので、流されないようにしてください。でも、そーゆーつまらないこと言ってると嫌われるので、『愛はあるよ!』という空気感を出しておきましょう。子供にも『サンタはいるよ!』と言っておきましょう。そして、男は影で孤独に耐えながら、自らが愛の源泉、サンタの正体として優しさと愛を振りまいて、その時に返ってくるレスポンスで心を癒すようなマインドにシフトしないといけないのです。

要するにgiverになるのです。

ファンのみんなー!みんなのおかげでここまでこれたよ!ありがとう!みたいな人にならないといけないのです。ですから、早く、自分のファンを作るように活動しないといけないのです。

 

学生時代とかは、友達に嫌われまくると、

  • 勉強の情報が入ってこない
  • いじめられる
  • 彼女ができない
  • 学校のイベントで居場所がない

みたいな感じで好かれる・嫌われるが利益と損失に直結します。

学生社会で生存できません。

割と深刻な問題であり、狭い世界でこうなっちゃうと、大抵の人は追い詰められます。そして、中学生とか稀に自殺しちゃいます😥

 

しかし、シャバに出ると、いじめで食えなくなるというより、

仕事がなくて食えなくなる

の方がグッと危険度が増してきます。

 

仕事始めると、あんまりいい人とか悪い人とか関係なくなります。というか、それを判断することが自分にできるのかよくわからなくなります。

私はシャバに揉まれる中で、

いい人もわからなくなったけど悪い人もわからなくなった

という感覚があります。

 

会社なんかは割と非情ですが、逆に言えば仕事さえしてくれれば良いよ、みたいな感じで、割と楽です。

アットホームな職場みたいなのはハートフルな交流があるかもしれませんが、合致しないとそれこそ、学生時代みたいなイジメというか、ハブられることがあるかもしれません。

 

いい人悪い人という考えも大事ですけど、一度、そーゆー考えから離れてみると良いでしょう。

残念ながら、シャバに出ればホモエコノミクスに成り下がります。

 

嫌われてもいいや、を曲解して、『自分のことを理解してくれる人だけでいいや』みたいなのもありますが、コレも要するに突き詰めると自分のことが好きな人、みたいな感じなので、あんまり意味ないです。

 

そーゆーことじゃなくて、

周囲に貢献する

みたいな考え方を自分なりの立ち位置を見つけながらやれば良くて、そこに経済性があればGood。その活動に対して理解を得られるかどうかが大事であって、ありのままの自分のプライベート的存在に理解とか求めなくて良いです。

どーせ、親も配偶者も兄弟姉妹も友達も何もわかってませんから。無理でしょ!??

 

その意味で、人生とは生まれてから死ぬまで孤独だと言えるでしょう。

 

割とその辺を開き直って、コールドハートで、世の中に迎合していけば良いのです。その点で、会社にぶら下がってテキトーにルーチン回してると恋愛結婚もスムーズかもしれませんが、大抵の仕事ができる社会人や、出世、成功する社会人は、そーゆープライベートなハートフルな活動に歪みが出ます。

まあ、仕方ない。

親元にいた時や、学生にいた時の恋愛などはファンタジーですから。

 

もしですが、仮に、自分という人間に対する絶対的な理解みたいなものを大人になり、配偶者とかパートナーに求めたらどうなると思います?

別れたらメンタル崩壊して死にますよ!喧嘩したらあちこちに支障出るよ!

 

  • 経営者
  • 専業主婦、パート主婦
  • 友達コミュニティによるところが多いマイルドヤンキー、地元愛が強い人
  • 家族の家業で食ってる人
  • 芸能人

みたいな人たちは、こーゆーことでメンタルダメージくらいやすいですね!

境界が曖昧だからね!

 

男というのは、女子の異常なニャンニャンと求愛にメロメロになって、結婚して、女子が母体に命を授かって死にそうな思いをして子供を産み、自分が愛を注がないと死んでしまう対象に宿命付けられることによって女性は求愛者から愛の供給者に進化して優先順位が変わり、これについていけなくなったりする人がいます。

旦那が奥さんに

家に子供が二人いて怠いわ

とか言われちゃったりするわけですけど、挙句セックスレス、離婚になるわけですけど、離婚して親権取られて、養育費を納め続けながら、向こうはすっかり変化しちゃってるけど、男性サイドはメンタル的にボロボロになってしまい、そもそも奥さんの存在でクソな仕事を頑張れてたのに、全て失い、これまで一度もキャバクラなんて言ったこと無かったような人種がキャバ、ガールズバー、スナック、風俗に溺れ始めるってのは結構よくある話ですよね。

逆に、なんか知らんけど奥さんが子供よりも旦那さんが好きで、旦那さんは割とその辺クールみたいな感じで旦那の方が『育児に積極的』みたいなのが上手いこと回ってたりしますよね。なんとなく、愛されたい欲が強すぎて何かが欠落してると、終始一貫してこじらせるのかもしれません。

これ結局、部下を育てるには部下に部下を持たせた方が良いみたいな話とかにも繋がってくるかもしれません。

 

ご覧のように、実は求愛よりも、愛の供給者になった方がウマイこと回るということがわかるでしょう。giverにならないといけないのです。takerのままだと、いい年齢になってもずっと、あちこちで陳情を続ける陳情マンになります。じゃなくて、セールスマン、サプライヤーにならないといけないのです。

ですので愛せる何か・誰かを見つけてください。ちなみに私は、思想が神々しくて世間に愛をばら撒かないと勝手なミッションに駆られているので、ちょっと内向きに愛を注ぐのは猫ぐらいにしか向かないかもしれませんねぇ。

 

愛を配りましょう!見えますか?私のこの愛が💕

 

ちょっと体が痒くなってきました😘

 

私なんて、プライベートの自己の存在を他人に理解されてるからされてないか定かではなく、むしろ自分でさえも自分を理解できているのかわかりません。

 

公私という言葉があって、公の自分は割と理解できてますけど、私の自分は未だに自分で取り扱い説明に困るくらいです。だからこそ、この部分を人に対して理解されたような気がすると、心がすごく楽になる気持ちはわかります。とてもよくわかります。

しかーし、コレは大変危険なのです。

子供の頃とはワケが違います。

大人は、公私の両方無くして、成り立ちませんから、プライベートでボロボロになって、公がアウトになるとかもう命取りですし、

社会人の基礎中の基礎として公にプライベートのいざこざを持ち込めない

というのがあると思います。

もちろん、完全に公に私を持っていく方法もあり、コレが、カップルYouTuberとかではないでしょうか。少なくとも、インターネット社会、SNS社会になって、若い世代ほど、公私の境界は溶けてきていると言えるでしょう。

 

大抵の社会人の場合は、公私混同というよりは、公の比率をあげていき、文字通り仕事人間になっていつの間にか私を失う、慣れ切ってしまうのがパターンです。ですから、家に帰ってきて家族と衝突したりするんですねー。感覚ズレが凄いですから。

 

そもそも、嫌われるのが怖いのは、それが自らの生存を脅かすからです。

そして、いい歳になっても嫌われることが怖い人はたぶん、

  • 実家暮らししてる
  • 配偶者に頼ってる
  • 友達に助けてもらってる
  • 兄弟姉妹や親戚に助けてもらってる
  • 嫌われると見放されそうな気がする

からではないでしょうか?

 

大人で嫌われることが怖くない人というのは、周囲に嫌われることよりも、経済社会でうまく回らないことの方に生存危機を感じます。

つまり、営業電話をかけて怒号が返ってくるのと、その怒号を恐れて電話できずに営業成績が下がるのとでは、

後者の方に危険を感じるのが社会人

であり、前者に危険を感じて怯む人はだいたい、逃げる場所があります。

そして、実家に帰ったら両親や親族に、

  • 命より大切なものはない
  • 限界がきたら帰ってきなさい
  • 辛い時は頼りなさい
  • 仕事なんて二の次、まだ若いからいくらでもあるわよ

みたいなことをテキトーに言われるわけです。

すると、その通りだ!となるわけです。

 

私は若い頃からそう思いませんでした。親に財力が無いのをわかりきっていたからでした。

 

こーゆー人に一回オススメしたいんですけど、一回プライベート捨てて会社で寝泊りしたらどうですか。会社で寝たことあります?私ありますよ。もうそしたらなんか、みんなが餌くれたり、優しくしてくれたりするんですよね、若い頃ですけど。なんかこいつ、『私』を捨ててるなあ、みたいになったらなんか、それがもう全てなので、不信感が無いというか、みんな優しい。

 

私からすると、シャバの人間より実家の人間の方がヤバい奴らなので、若い頃の方が不自由だったような気がするので、なんか、逃げた先でかけられる言葉に癒されるみたいならそーゆー感覚はありません。

他方、そうじゃない環境の人たちは、そもそも、何に恐怖を感じるかの基準が違うわけです。

それなりに実家が太い人や、半端に甘やかされてきた人たちはこの辺、苦しみます。甘やかされるなら本当にガッツリ甘やかされる、二世になる、親の基盤を継ぐとかじゃないと、逆に辛いです。親がそこそこ高給取りのサラリーマンだけど、子供の一生を面倒見切れるレベルじゃないみたいな中途半端な裕福さの家庭でニートは誕生します。

そもそも安倍晋三も元ニートですが、上流階級すぎてニートじゃありません。こーゆーレベルだと親の言うこと聞いても良いんですけど。

https://toeic-town.net/post-3896/

 

生活のためにやってるだけなのに上司や先輩から手を出されるとか、下手すると客から手をあげられるとか、会社の上層部が悪いのに会社の代表の人間として現場で応対してサンドバックになるとか、そーゆーことがザラにあるのが世の中だと思います。

 

いわゆる理不尽という奴です。

この理不尽で稼いだ金で、風俗に駆け込んで、理不尽にチンポをしゃぶってもらい癒されるというのが今のところシャバの現実なので、まあ、もう、この資本主義社会の中で相対的に『マシ』と思えるところを目指してそこに向かい、精進してキャリアアップ、キャリアシフトするほかありません。

 

私はそう思って生きてきました。

 

誰も助けてくれない、と自覚した時に人は強くなれます。進化します。

そもそも、世の中の人たちは、冷たいというより、みんな助ける余力が無いことにも気づく必要があります。

むしろ俺がみんなを助けてやる

くらいの思考になる人は成功します。

 

私は、自らを神だ、救済者だと思っています。

こんなこと言うと、『やばいやつ』と思われがちですけど、アメリカなんかの場合は、『ヒロイズム信仰』みたいなのがあって、ヒーローになりたがるんですよね。アメリカのヒーローアニメとかって一般人の誰もがヒーローになれるって内容ですけど、日本人はほとんど権力者や、公務員がヒーローなんです。でもアメリカは、誰もがヒーローになれる、と謳います。

ここらへんでしょうね、アメリカにアントレプレナーが生まれる理由は。

アメリカ発の自己啓発読みすぎてちょっとアメリカナイズされてるところが私にはある。

人々を救済するのです。完全な救済でなくても良いです。小さな小さな救済でも十分に大きくなります。なんかやばい宗教の教祖が言ってそうですけど、救済者になるのです。

もちろん、理想なので、完璧な救済は無理ですが、理想は現実を引っ張る効果がありますから、理想で自らを引っ張りましょう。

 

ほら、よく言うでしょ、これ。

 

もちろん、この、助けるというのは、何が助けになるかをよく考えないといけません。先進国が後進国に金銭援助をすると成長を阻害する、子供が親にお金をあげると余計悪くなる、なんて言われます。

助ける、というのは難しい。

飢えている人に魚をあげるより、飢えている人に魚の釣り方を教えなさい、と言われます。私はそれを実践しているつもりです。

 

実際のところ、私の場合は、助けるよと言ってくれた人は周囲にいましたし、差し伸べられた手を自分で取らなかっただけというのもあります。もしかしたら、助けてと泣きつけば助けてくれる人は周りにたくさんいるのかもしれません。

ただ、根本的な話として、まじで自立を促進しないと本当の意味での救済はなされません。

 

また、なぜか、人を助けることで自分も助けられるということは起こります。

 

ということで、嫌われても良いのです。

もはや好かれるとか嫌われるとか友達がいるとかいないとか多いとかどーでもいいのです。

友達をたくさん結婚式に呼んだらイケてる人間、幸せな恋愛結婚ができたら勝ち組、みたいな価値観にやられすぎていませんか??結婚式なんてのは大抵の人が本当は行きたくない、が本音でしょう。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男





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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。