私たちは常に、原因と結果の法則を求めている。
突き詰めると全てそれだ。
Aさんがナイフで刺さなければBさんは死ななかった。よって、AさんがBさんを殺したのである
というのが反事実条件法・思考法である。
反事実条件で因果推論をすることには問題がある。
今日、私が魚を食べたのは、山に食料として鹿を狩りにいかなかったからだ
系のこじつけもできる。
「あれなければこれなし」論法でいくと、ある種、いくらでもこじつけができるのである。
あなたが東大に受かったのは、試験会場に行く途中で事故に遭わなかったからだ
つまり、Luckだ
ということになってしまう。
また、
あなたと出会わなければ私は結婚できなかった
的な論法もあるが、実際のところ、出会わなければ別の人と結婚しているだろう。あらゆる恋愛・結婚は壮大な勘違いである。ほぼ間違いなく、出会わなければ別の出会いがあったはずである。
二人の人が、同時に、ある対象に向かって石を投げたとする。Aさんの投げた石が対象に当たって割れたが、もしAさんが投げなければどうだったかというと、Bさんの投げた石があたって割れていただろう。
こういう場合、
●●という行為をしなければ、◯◯は起こらなかったはずなので、●●が○◯の原因だ
とは言えなくなる。
そこで、因果連鎖を考える。
すなわち、原因と結果の間には、
X→X1→X2→X3→Y
という中間過程があって、それらは連鎖しているだろう、という考えである。
しかし、これには問題があって、たとえば猫をレーザーポインタで遊ばせるケースである。
猫はこれを生き物か何かだと思っている。そこに因果的な動きを見出しているのだ。ところが、そこにある動きは、そのレーザーが動いているからではない。
私たちはアダルトビデオを観て興奮し、射精に至ることができる。しかしそれは、実体ではなく、擬似的に画面に映し出されたものである。
ややメタな視点にはなるが、私たちが
X→X1→X2→X3→Y
と動きを見出しているものが、実際はそうではなく、まるでレーザーポインタ的な上からの指示によって動いているものだったらどうだろう?
(ちなみにレーザーポインタの光に本能的に反応してしまう猫だが、これで遊びすぎると強迫性障害になりやすいという、これもまた因果な話である)
過程で因果論理を考えるというのは、それなりに問題がある。
重力についても、重力場が見出されたから良いものの、それがわからない時は、直接つながっているわけではない物体と物体の間に働く魔力のようなものにうつっていた。
これらも厄介であった。
現在も、これはシンクロニシティとして重要な概念・論点である( 確率論と不変量としてのシンクロニシティ、最大値から演繹するコミュニケーション&インフォメーション )。重力馬のように、「遠方に対してもなぜか働いている、まるで引き寄せの法則のようだ」と思われているものの間に、実際は介在する目に見えない過程の場のようなものがあって、近接効果が働いていた、というケースだ。
さて、
もし、車が事故で、木にぶつかったとしよう。
すると、車も木も変形してしまう。
そして、太陽光がそこにあたって映し出される影もまた、その変形を映し出す。
その歪みは継続するが、
トラックの影が歪んだことと、木の影が歪んだことの間に直接の因果はない
ということになる。
そこで、保存量の概念が出てくる。
10円玉を指で弾いて止まっている10円にぶつけるとする。その時、
2つの10円玉の速度の合計は、衝突前と衝突後で変化しない。10円玉の速度の2乗の合計は、衝突前と後で変化しない
(運動量保存・運動エネルギー保存)
で考えると、
- a+b=V
- a^2+b^2=V^2
とおけて、1を2乗すると、
a^2+b^2+2ab=v^2
となる。
これと2式を見比べると
2ab=0
つまり、ab=0がわかる。
aかbかがどちらかが0じゃなければならない。b=0だと1式からa=Vとなってしまい、弾いた10円玉が衝突された10円玉をすり抜けてそのまま進んでいくことを意味しておかしい。よって解はa=0とb=Vの方でなければならない。弾いた方の10円玉が静止して、衝突された10円玉が同じ速度で動き出す。
ここには、
保存量と因果
が見える。
この観点で言えば、先ほどのトラックの影と木の影には保存量の交換が無い。よって影は因果関係がない、と見てとれる。
しかしこれも、結局、
保存量とは時間経過に対して閉じた系である
ということであり、そもそもその中で因果的交互作用が考慮されているため、循環論法となってしまう問題がある。
色々右往左往するが、
「結局介入操作できたら因果関係だろ」
と考えてしまうのが人間のサガである。ところがこの場合、1回限り成功したらそれでいいのか(たまたまじゃないのか)、何回試す必要があるのだ、何回かうまくいってうまくいかなくなったらどうなるのか、という問題も拭えない。
【因果推論と変数】 ガロア理論的不可分変数から見る構造方程式の西園寺式読解 -因果思考の戦略-
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(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



