歳を取る怖さ系の本

歳を取る怖さ系の本を読んで思うのは、結局、下の世代に対しての現実は変えられるものではないってこと。

歳をとる恐怖については、相対的に考える必要がある。

同世代社会の中では、加齢は気にしないで良い。

なぜなら、同世代も老いていくから。老人は老人コミュニティにとどまっている限りは何も気にしないで良い。

人間が歳を重ねるほど同級生や同期を重んじるのは、同じような恐怖で連帯しているからだね。

 

逆に、若い世代に対するアプローチを考えるならば、加齢問題からは逃げられない。若い世代との接点で幸福や快楽を得られる・利益があるのであれば、加齢の現実からは逃げられない。

25歳、28歳、32歳、35歳、38歳となるにつれて猛烈な恐怖を覚える人がいるけど、40代とか50代、60代みたいな上の世代をターゲットにすればその世代からすれば若いと取られる。

つまり全ては相対的。

 

マジで、どうあがいても40代以降とか、金から逃げて人生楽しめるわけがない。

で、一朝一夕で金の問題はどうにもならないとすると、前倒しで10年、逆算すると30歳だね。30歳どうするからは40代以降に響いてくる。

20歳どうこうするかは30代に響いてくる。

 

同級生社会にいると、ある種のファンタジーで生きられる。

ああ、だから同級生同士で群れてた奴らは落ちてるのか。

そして、その逃避先として家族を作ってもそこでボコボコになってるしな。

 

10代のとき40代50代と遊んでたおかげでリア充の賞味期限長いぜ。

おじさんになっても金で若い女にチンポしゃぶらせるマインドセットを学んだ。

冷静に考えて、おじいちゃんが若い女とエッチできるわけがないけど、お金があればハッスルできるんだ。

 

お金ってなんて素晴らしいんだ。

 

たださえ成功者なのに、まだ若くてイケてるから尋常じゃなくモテてるけど、これはある種の幻想。

確実に落ちる時期がやってくるけれど、最低ラインを見越して人生設計しているから問題ナッシング。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男





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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。