誰に憧れてるのか?にその人の頭のレベルが現れる

誰に憧れてるのか?にその人の頭のレベルが現れる。

誰に憧れ、尊敬して、何を見下して嗤うのかはその人の持っている物差しが露骨に現れる。

知的生物である人間にとって、賢さというのはアイデンティティーそのものといってもいいかもしれないけれど、賢さという指標は特定の勢力にハックされている。特定の勢力はある種のエコサイクルを形成している。その政治力だけは匠といえよう。

大学教授、政治家、官僚、大企業の役員に憧れてる時点である意味詰んでる。世間に示された当たり前の世界観の中で、美しさと同じレベルで本来て多面的であるはずの『賢さ』について、一方向のベクトルに強制的に引っ張られた社会の構図にそのまま乗ってしまっている。

そもそも貧困の原因はそーゆー根本的なところにある。

おそらく、Poor層は、『かっこいい、カッコ悪い』の感性から狂ってる。こういうものは個人の感性として介入するなという風潮だけれど、そういう美的感覚から狂っているからいけない。それは個人的経験の蓄積に過ぎないから書き換えられる。

才能とは感情だ。

感性だ。

天才は、何に喜びを見出し、何に喜怒哀楽して何を憂うのか、何を恥と思い、何を蔑むのかが根本的に違う。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。