よく異常者扱いされるのですが、その理由として大きなのが、一人旅を愛することです。
多くの人にとって、旅は1人でやると虚しいらしい。
友達とかと行くから楽しいらしい。
私は違う。
なんか、誰かと行くと楽しみが半減する。
一人旅の特殊性を探る
一人旅をすると、普段なら入らない店に入ることがあります。
地方の駅を出たところに、薄暗い商店街がある。
午後6時17分。
雨が少し降っている。
Googleマップを見ると、ホテルまで徒歩12分。
途中に、何を売っているのかよく分からない店がある。
赤い提灯。
中にオッサンが3人。
東京なら通り過ぎる。
レビューも見ないと怖い。
でも旅先だと、なぜか入る。
「まあ、いいか」
ガラガラ。
この「まあ、いいか」は、一人旅にかなり多い気がします。
一人旅が楽しい理由は、普通にたくさんある
まず普通の答えから。
一人旅なら、
行きたい場所を自分で決められる。
朝何時に起きてもいい。
突然予定を変えてもいい。
食べたいものを食べられる。
誰かが疲れたから帰ろうと言わない。
逆に自分が疲れたら帰れる。
喧嘩もしない。
待ち合わせもない。
JTB総合研究所の2025年調査でも、29歳以下男性では「ひとり旅」を好む割合が25.2%で、旅に求めるものとして「ひとりだけの時間を楽しみたい」も他の層より高く出ています。
だから、
一人旅=自由
という説明はかなり正しい。
でも、それだけなら少し説明できないことがあります。
迷惑をかけたくないから?不自由だから?ハードな旅程だから?
誰かと同じだと、いきあたりばったりなプランだったり、苦労が多いと、一緒に苦労が倍増する。気まずくなる。
また、自由に動けない。
だからだと思っていました。
でも、どうやら違うみたい。
一人旅では、なぜ服まで変わる人がいるのか
海外へ行く。
普段は着ない服を買う。
サングラスをかける。
帽子までかぶる。
日本では絶対にしないのに、知らないバーへ一人で入る。
英語も大して話せないのに知らない人と喋る。
変な料理を頼む。
タクシーの運転手と妙に話し込む。
なぜでしょう。
自由時間が増えただけなら、東京の休日でもできます。
日曜日に一人で渋谷へ行けばいい。
でも、なぜかやらない。
パリだとやる。
バンコクだとやる。
長崎でも、場合によってはやる。
距離が人間の性格を変えているのでしょうか。
新幹線に乗ると外向性が17%上がる。
そんな機能はたぶんない。
知らない街では、昨日の自分を知っている人がいない
旅先の喫茶店へ入ります。
店員は自分を知りません。
昨日どんな仕事をしていたか知らない。
年収も知らない。
会社でどんなキャラか知らない。
昔何を失敗したか知らない。
普段は無口なのか、おしゃべりなのかも知らない。
だから、突然よく喋ってもいい。
普段ラーメンばかり食べている人が、急にフレンチへ行ってもいい。
いつも黒い服しか着ない人が、黄色いシャツを着ても、
「どうしたの?」
と言う人がいない。
これは意外と大きい。
人間は、自分だけで自分を作っているわけではありません。
周囲の人間も、
「あいつはこういう奴」
という自分のコピーを持っています。
久しぶりに会った同級生は、昔の自分を勝手に起動する
中学校の同級生に20年ぶりに会う。
なぜか一瞬で、中学生みたいな話し方になることがあります。
当時のあだ名。
昔の失敗。
誰が好きだった。
先生がどうだった。
普段会社では偉そうにしている人が、
「お前まだそれ言うのかよ」
とか笑っている。
不思議です。
20年間いろいろあったはずなのに、昔の人間に会うと昔の自分がロードされる。
人間関係には、保存機能があるのかもしれません。
「自分らしく生きよう」は、かなり難しい注文である
自己啓発では、
自分らしく生きよう。
と言います。
でも「自分らしい」の中身を決めているのは自分だけではありません。
親から見た自分。
友達から見た自分。
会社から見た自分。
恋人から見た自分。
SNSから見た自分。
全部あります。
普段おとなしい人が突然、
「俺、今日からラッパーになるわ」
と言ったら、
「どうした?」
となる。
本人は変わっていいはずです。
でも周囲の人間のデータベースには、
会社員・35歳・おとなしい
と登録されている。
変更申請が必要になります。
かなり面倒です。
旅先では、そのデータベースがない
札幌へ行く。
知らない居酒屋へ入る。
そこにいる人は、自分について何も知りません。
今日はよく喋る人でもいい。
無口でもいい。
妙に陽気でもいい。
一杯飲んで帰ってもいい。
その後、一生会わない可能性が高い。
多少変なことを言っても、翌週の会社で、
「この前のお前さあ」
が発生しない。
失敗が、その場所だけで死ぬ。
これはかなり特殊な状態です。
実際、旅行者になると人は少し話しやすくなるらしい
2026年のAnnals of Tourism Researchに掲載された研究が面白いです。
旅行者としてのアイデンティティが強く意識されると、人はオンラインレビューなどで自分についてより多く開示する傾向があり、その背景には「心理的匿名性」があることが実験で示されています。社会的不安が強い人では、その効果がさらに強く出ました。
つまり、
誰も自分を知らない
という状態は、単に孤独なだけではありません。
いつもの自分を維持しなくていい。
少し別の行動を試せる。
旅先で人が妙に大胆になる理由の一部は、ここにあるのかもしれません。
旅館の浴衣を着ると、全員ちょっと変になる
温泉旅館。
浴衣。
スリッパ。
卓球。
普段なら絶対にやらない格好をして歩いています。
会社で部長をしている人も浴衣。
弁護士も浴衣。
大学教授も浴衣。
東京ならそんな格好で廊下を歩いたら問題ですが、旅館だと普通です。
環境が、
「今だけこれは許されます」
と言っている。
旅というものには、本人だけでなく社会の方から、
一時的にキャラクター設定を緩める機能
があるのかもしれません。
ここで突然、コンピュータの話をします
ソフトウェアを作っていると、
いきなり本番環境で変なプログラムを動かすのは危険です。
銀行のシステムで、
「新しいコード書いたんで、とりあえず動かしてみますね」
は怖い。
失敗したら本物のお金が消えるかもしれない。
だから開発では、本番環境から隔離された場所を用意します。
サンドボックス。
そこで怪しいコードを動かす。
試す。
壊す。
また作る。
本番環境には影響させない。
知らないプログラムを安全に実行するためにも、サンドボックスという考え方が使われます。
砂場です。
子供がそこで城を作って、壊しても家は壊れない。
コンピュータも同じことをやっています。
一人旅も、これではないか
東京にいる自分。
会社。
友人。
家族。
恋人。
昔からの知人。
全部接続されています。
本番環境です。
変なことをすると、ログが残る。
突然キャラを変える。
周囲が驚く。
失敗する。
翌日も会う。
だから慎重になる。
ところが、一人で知らない街へ行く。
知り合いゼロ。
過去の履歴ゼロ。
翌日には移動する。
そこで少し違う自分を動かしてみる。
知らない店へ入る。
話しかける。
一人で飯を食う。
一日中歩く。
変な服を着る。
失敗する。
ホテルへ帰る。
翌朝チェックアウト。
環境ごと消える。
これ、かなりサンドボックスに似ています。
旅行者は、自分という怪しいプログラムを試運転している
普段、
「自分はこういう人間だから」
と思っています。
人見知り。
方向音痴。
一人で店に入れない。
英語が苦手。
冒険しない。
でも旅先では、他にやる人がいません。
自分でホテルを探す。
電車に乗る。
間違える。
店へ入る。
聞く。
なんとかする。
すると、
「あれ、普通にできた」
が起きる。
人格が変わったのではありません。
本番環境では怖くて実行していなかったコードを、別環境で走らせただけかもしれない。
だから一人旅から帰ると、少しだけ世界が変わる
旅行中、
一人で知らない店へ入れた。
外国人と話せた。
道を間違えてもなんとかなった。
三日間一人でも意外と平気だった。
帰国する。
東京。
駅。
いつものコンビニ。
いつもの部屋。
冷蔵庫に賞味期限の切れたヨーグルトがある。
急に生活へ戻ります。
でも一個だけ違う。
「あの自分も動いた」
という事実が残っている。
旅先で試したコードの一部を、本番環境へ持って帰れる。
ここで「一人旅が好き」の意味が少し変わる
一人が好き。
自由が好き。
人に合わせたくない。
もちろんそれもあります。
でも、一人旅が妙に気持ちいい人の中には、
孤独が好きなのではなく、
自分を知っている人がいない状態
が好きな人もいるのかもしれない。
これは似ているようで全然違います。
人間嫌いではない。
むしろ旅先では知らない人と話すことすらある。
嫌なのは他人ではなく、
他人の頭の中に保存されている自分
なのかもしれない。
人間関係が増えるほど、自由が増えるとは限らない
普通、人脈は資産です。
友達。
家族。
仕事仲間。
長い付き合い。
信用。
全部大切です。
ところが資産には、奇妙な副作用があります。
過去が増える。
「あの人ならこうする」
が増える。
期待が増える。
自分自身も、
「俺はこういう人間だ」
を守り始める。
信用とは、未来の行動を予測可能にする力です。
だから社会では価値がある。
でも予測可能になるほど、
昨日と違うことをするコスト
は少し上がる。
信用が増えるほど、人は自由になる。
同時に、信用が増えるほど、勝手なことをしにくくなる。
ここにも変なギャップがあります。
だから旅先で「誰でもない人」になると楽になる
ホテルのチェックイン。
名前を書く。
パスポートを見せる。
それでもホテルの人が知っているのは、その程度です。
過去の人生は提出しません。
中学時代。
会社での評価。
失恋。
失敗。
去年言ったこと。
全部持ってきているはずなのに、誰にも見えない。
その街では、
名前のある人間なのに、履歴のない人間
になれる。
これは普段ほとんど経験できません。
年を取れば取るほど難しくなる。
自分について知っている人が増えるからです。
一人旅は「自分探し」ではなく「自分壊し」なのかもしれない
よく、
一人旅で自分を探す。
と言います。
インドに行く。
本当の自分を見つける。
私は昔から少し不思議でした。
本当の自分がガンジス川沿いに落ちているなら便利ですが、たぶん落ちていません。
むしろ逆ではないでしょうか。
旅でやっているのは、
自分を見つける
ではなく、
「自分はこういう人間だ」という設定を一度弱くする
ことなのかもしれない。
自分探しではない。
自分の仮設工事です。
いったん足場を組んで、一部を壊してみる。
嫌なら元へ戻す。
誰にも見られていないところで。
一人旅が好きな人は、孤独が好きなのではない
最初の質問へ戻ります。
一人旅が好きな人の心理。
自由だから。
気楽だから。
予定を合わせなくていいから。
一人の時間が好きだから。
普通はここで終わります。
でも、それだけでは旅先で少しだけ別人になる現象を説明しきれない。
一人旅には、
自分を知っている人間が一時的にゼロになる
という、かなり特殊な条件があります。
そこで普段動かさない自分を試す。
失敗する。
誰も覚えていない。
ホテルをチェックアウトする。
街を出る。
環境そのものが消える。
ソフトウェア開発では、壊しても本番に影響しない場所をサンドボックスと呼びます。
ひょっとすると人間も、ときどきサンドボックスが必要なのかもしれません。
一人旅で本当に買っているものは、
新幹線の切符でも、
ホテルのベッドでも、
観光地でもなく、
「昨日までの自分を壊しても、明日の自分にはまだ戻れる場所」
なのかもしれない。
そう考えると、一人旅が好きな人は自由を求めている、という説明も少し違って見えます。
欲しいのは、
誰にも邪魔されない自由
ではなく、
誰にも記憶されない自由
なのかもしれない。
知らない街の赤い提灯の店に入った自分を、東京の誰も知らない。
翌朝には店のオッサンも、たぶんこちらの顔を忘れている。
それでいい。
人間は、ときどき忘れられることでしか試せない自分を持っているのかもしれません。
===
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



