サラリーマンやってまで生きることに固執したくない

サラリーマンやってまで生きる意味がない。

たぶん、ハタチぐらいのときに人前で言って目を点にさせたのがこれ。

 

生き恥だと思った。

そうやって生きるのはとても恥ずかしいことだと思った。

 

サラリーマンなんかやって生きるなら、自殺したい!

就活やって、定年まで勤めて、みたいなことやるぐらいなら死にたい!

恥ずかしい!

こんな生き方恥ずかしいすぎる!

 

満員電車で見かけるハゲオヤジと自分が同じだなんて許せない!

It’s not my job!!

 

世の中では恥ずかしい職業扱いされてるのがたくさんあるけど、当時の俺からしたら一番恥ずかしい仕事がサラリーマン。

才能なし。無能。コモディティ。差別性ゼロ。奴隷。無能に審査されて、無能に採用されて、無能の下で働く。

 

サラリーマンと同じ空間で同じ空気吸いたくない、話したくない、ってぐらいサラリーマン的なものが嫌いだった。

 

ということで、サラリーマン以外に挑戦して、失敗したらどうにでもなれ、ぐらいの感覚だったかなぁ。なんか、抑えきれない気持ちを爆発させる感じ。

我慢してサラリーマンやっても、心の中にある本音を押し殺してしまう。そうやって押し殺して歳をとった自分を創造すると怖くなったし、定年まで勤め上げるみたいなことができそうには思えなかった。

 

クソ真面目な空間で、クソ真面目にやり続けられるとは思えなかった。

 

今思えばだけど、常識を取っ払えば、ホストとか大工とか、アダルトビデオ業界とか、いろんな世界があったはずなんだけどね。

 

なんでサラリーマンが嫌なのだろうか?

やっぱ、生きてても死んでもいてもいなくてもドッチデモイイ存在だからかな。なんやかんやいなくても回るし。その現実を直視するのが辛いみたいな。


===

西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。