倍々FIGHTをジジイ・ババアと一緒に歌ったらもう終わり。もう倍々FIGHTは若者聴いてない。もう遅い。

 

若者を中心に流行ると、そのコンテンツに

ジジイ・ババア

が絡み始めるが、それが終わりの始まり。

瑛人の香水もそうだっただろ。

 

ジジイ・ババアに、若者スタートのコンテンツが汚されてるの、年末年始でわかったと思う。

おじさん大御所・おばさん大御所と一緒に絡み始めたら終わり。

若者はもう離れてる。

 

それはある意味、メジャーになるために欠かせないプロセスだけど、そこから、

若者の代名詞

じゃなくなる。

 

あいみょんもそうだった。

 

認知を拡大して、大衆化するのは良いけど、その時、ちゃんと誰がコアファンとして残るかを考えた方が良い。ジジイ・ババアは、

  • 若者コンテンツに理解が深い私
  • 若いつもりの私
  • 若者に迎合する
  • 若い層に自分の存在を知らせたい

みたいな下心・計算で動いていることも多く、これらがコアファンになることはない。行列ができてるから行列ができてる、みたいな感じ。

 

 

誰が本物の客か、

そして、誰から金を引っ張ってるのか、

誰から強く支持されてるのか

それは続くのか

を考えないと、見かけとしてはめっちゃバズってるように思えるが、必ずシュリンクして、先がなくなる。

 

 

あいみょんは、若者のアイコンから、ジジイ・ババアにリーチして、ジジイ・ババアをファンにして、「若者じゃなくなった元若者」と一緒に歳を重ねる方式にシフトせざるを得ず、問題はそれが長続きするか・・・

だったかもしれないが、

倍々FIGHT系は若くなくなった元若者がずっとついてくるわけでもなく、無駄にリーチを広げてジジイ・ババアに「流行りのコンテンツ便乗」で使われても先がない。

 


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。