#1 俺と六本木 : 創造性の欠如がもたらす貧困

創造性が欠落し、何か革新的なチャレンジをしなくなったときにPoorになってしまう。でも、革新的な何かや、オリジナリティある何かが、シンボル性を伴って世に出るようになると、それをトレースすることをクリエイティブだと考える動きが出てくる。

性欲もそうだけれど、マネーもどうやら、脳みその機能をフリーズさせてしまうみたいだ。そういうのを引っくるめて、下心と呼ぶことができる。下心が発露してしまうと、そこからクリエイティビティが失われてしまう。

きっと、全ての物事には賞味期限があって、二次三次の発展が無いなら、シャッ、シャッと削り取られていって味が無くなってしまう。

スティーブは言った。お金のことだけを考えてお金持ちになった人間はいない。結局これも、創造性の欠如の話に繋がる。創造性とは、クリエイティブであること以前に、創造することに対する強い動機付けや意思、意識が関係しているように思う。

完成したものを後ろからなぞる、具体的になったものの表層だけをトレースする、こーゆーことをやっていても、あまり旨味は無い。

どうしてそんな無駄なことをするんだい!そこに拾って欲しそうな需要があるというのに!

そんな声が天から聞こえてきそう。

くわばらくわばら。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。