#1 魔法の新世界へようこそ。案内人のデューク西園寺だ。

 

魔法の新世界へようこそ。

The wizarding world of marketer.

 

私はこれから君を、新しい世界へと案内することになる案内人のデューク西園寺だ。

君に、新世界を見せてあげよう。

 

さっそくだが、本題に入ろう。

これは私が実際に体験した魔法の物語だ。

 

 

人生とは旅だ。

実は全ての人間には、魔法がかかるようになっているのをご存知だろうか。そして、その魔法には賞味期限がある。

いつ、どのタイミングで魔法がふりかかるかはわからない。でも、おそらく、その期間は10年ほどだと思う。

 

人はその10年を終えて、後から振り返って気づく。

魔法がかかっていたと。

 

 

魔法には力がある。

解けた後に気づくのだが、何もかもに対して、感じ方が変わるのである。そして、後から振り返って、あれは特殊体験だったと気づく。

魔法にかかっている間、人は驚くべき状態になる。

 

恥ずかしいことができたり、

大胆な行動ができたり、

行動力が増したり、

みなぎるパワーが溢れて疲れ知らずだったり。

 

 

魔法が解けることを、ここでは12時の鐘が鳴る、と表現することにしよう。

12時の鐘がなると、不思議なことが起こる。

 

決して、何かが終わるわけでは無いが、しかし、何かが変わる。そして、過去を振り返って、「もう同じことは感じられないのだ」と悟る。

もしかするとそれは、青春みたいなものなのかもしれない。青春は、戻らないらしい。

 

 

全ての人間に、チャンスがある。

でも、そのチャンスが何度でも与えられるわけではない。

君は、12時の鐘が鳴るまでに、何かを見つけ出し、その何かに向かってガムシャラに駆け抜けなければならない。

 

なぜか?

それは、12時の鐘が鳴った後でも、同じことはできるが、12時の鐘が鳴る前とその後では全てに対する感じ方が変わってしまうからだ。

感じるものが全て変わってしまう。

 

 

もしかすると、それは恋かもしれない。

泣きじゃくりながら、誰かに愛を伝えたり、誰かを走って追いかけたり、無我夢中で人を好きになる。その人のことで頭がいっぱいになって苦しくなる。

そんなことを魔法がかかっているうちに経験して、ふと12時の鐘が鳴った後、気づく。同じように誰かに恋している自分の中の感じ方が変わっていることに気づく。

昔とは違って、感情を表に出さない自分や、足が重くなっている自分、簡単に諦めてしまう自分や、少し時間が経つと辛いことも忘れてしまうことができる自分。そんなことに気づくかもしれない。そして、そうやってつまらなくなる。手を打たなくなる。

そして時間が経ち、もう、魔法にかかることはなくなる。

魔法がない世界は、キラキラする事のない、錆びた景色。

 

 

時間はたっぷりとある。

でも、チャンスはそう幾度とあるわけじゃない。

サンタクロースと同じだ。

いつまでも君のところに来続けるわけではない。それでもクリスマスはやってくるけれど、それは違う景色のクリスマスだ。

 

シンデレラという物語があるけれど、あれは男の身にも起こる。誰もがシンデレラボーイになれる。12時になるまでに、魔法の世界で駆け抜けて、落としていったガラスの靴が人生を大きく左右する。舞踏会が終わった後、魔法とは無縁の淡々とした日常を生きるのだけれど、魔法の世界で落としたことがふと繋がってくる。

その時、不思議な体験をすることになる。過去の自分が蒔いたタネが、今の自分に繋がっているというような感じだ。

 

昔、私が観た海外ドラマで、死期を悟った親が、子供に向けて、「●歳の君へ」「●歳の君へ」という形であらかじめ子供の成長を見越して手紙を書き留めるシーンがあった。子供は誕生日を迎えるたびにその手紙を開き、過去の親との接点を持つのだけれど、その手紙には現在進行形のメッセージがかかれており、そして読み手は未来に向かって生きている。まさに時間が交錯している。

よく考えてみると不思議だ。

 

私たちは、今を生きているけれど、過去の産物でもあり、未来に繋がる動きをしている存在でもある。10年後の自分は今の自分とつながっている。10年後の自分を呼び出して、目の前に連れてきて、会話するようなことを想像してみると不思議な気分になる。

 

魔法がかかる中で、時をかけることができると、必ず、時間が交錯して運命の歯車が噛み合い、深い感動の瞬間がやってくる。

きっと、誰もが、大好きになった異性と昔のアルバムなんかを観ながら、お互いがお互いを知らない時期に、どんな人生を歩んでいて、それが偶然に交錯するに至るまでを辿って不思議な気分になったことがあるだろう。

 

まさに、自分の人生にもそういうことが起こる。自分一人の単位でもそういうことが起こる。それは、自分の人生を大きくかえた人間、自分と向き合い、対話し、戦った人間だけが得られる魔法の体験。

ひとつなぎの大秘宝なのかもしれない。

 

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男





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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。