何をやっても良いことばかりではありません。
悪いこともあります。
今回は、赤裸々に、『自己啓発を本気でどっぷりやってみて、こーゆー弊害がありましたよ』っていう話をしたいと思います。
たまに、私のことを天才扱いとか才能ある人扱いをしてくる人がいるのですが、コレは全くもって違います。ロバートキヨサキだとか、ティモシーフェリスだとか、アンソニーロビンズ、ジェイエイブラハム、ブライアントレーシー、アメリカには常識を覆す刺激的な思想をバラまく論客がいます。私は、こーゆー人たちに、常識ぶち壊されてきただけです。私も、ご多分に漏れず、普通の(あるいは普通以下の)家庭で生まれ育ち、日本的な常識に染まって生きてきたのです。
自由になると、いろんな弊害があります。
- 睡眠時間が一日12時間になる
- ユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムを観る時間が長くなる
- 仕事に拘束されない時間の分、消費金額が倍増する
- 旅費交通費、娯楽費、食費、そのほかが急速に倍増する
- トイレを我慢するシーンが一切ないので、排尿口と排便口が緩くなる。まれに訪れる我慢シーンで本気で漏らす。
- 曜日の感覚がおかしくなる。
- 時間の感覚がおかしくなる。
- 物覚えが悪くなり、どこに何を置いたか忘れる。
- 自分がどこで誰と何をして何を話したのかを完全に忘れる。
- 昨日のご飯を忘れる。
- 財布を落としてしまう。
- 人の顔と名前を覚えるプレッシャーに晒されないので忘れてしまう。
- 時間や曜日の区切りなくあちこちを移動するので、自分が今どこにいて何ができるかをすっかり忘れてしまう。
- 歯医者の予約を忘れてすっぽかしてしまう。
完全に老人ですね。
何で私がこんなにおかしくなったのか?を説明するのには、少し文面を割く必要があります。
ある年齢から、日本はアメリカの属国だということに気づきました。少しでも歴史的教養がある人は、そーゆーことは別に、珍しいことではないとわかると思いますし、どこかでピンと来ると思います。傀儡政権とか、傀儡国家とか、いろいろあるじゃないですか。
三島由紀夫という、歴史に名を残した人物がいます。
彼は教科書に載りません。たぶん。犯罪者だからです。しかし、昭和の文壇に颯爽と現れた天才、最後はクーデターを起こしかけて失敗し、自決しました。今でも、社会的成功者、知名度がある人に尊敬されてますね。美輪明宏とか、猪瀬直樹とか。田中角栄も犯罪者ですけど、石破茂を政治家にしたきっかけの人物ですし、石原慎太郎さんだって田中角栄さんを尊敬している。
幻冬社の社長で見城徹さんという方がいます。交友関係はすごいですね。サイバー藤田さん、秋元康さん、村上世彰さん、石原慎太郎さん、五木寛之さん、、、、。そんな彼の著作である、『読書という荒野』の中では、日本の犯罪史に残る日本赤軍のメンバーに対して、犯罪行為ではなく生き様について嫉妬していることが赤裸々に語られています。日本では、反社会団体、テロ、思想犯となると、すぐにオウムが挙がりますが、国際的に迷惑をかけた度合いでいえば日本赤軍の方がダントツですね。そして、その団体のことを著作に書いちゃってる。
さすが!笑
ヨーロッパだと、ナチスやヒトラーについて語ると思想犯で監獄にぶち込まれてしまう危険性があります。欧米でもちょっと、という感じです。
ハリーポッターの作者であるJKローリングはイギリス人ですけれど、『名前を言ってはいけないあの人』こと、ヴォルデモートはヒトラーをモデルにしたとされています。
そうそう。まさにあの感じなんです。あの雰囲気。
日本だと、ヒトラーについて語ってもそんなに変な空気はありませんし、ミリタリーオタク界隈とかでは、あの当時のドイツ軍のファッション性や軍事兵器のレベルの高さなどは人気です。
軍事オタク、みたいなことを話しするとヤベー、みたいな風に思う人多いですけど、スタジオジブリの宮崎駿さんなんてめちゃめちゃ軍事オタクで、若い頃は雑誌に国防論とかについて寄稿して熱弁ふるうぐらいだったんです。
世の中に対して強烈に意見がある!物申したい!
そんなパッションに駆られている人が、別の表現手法を借りて、優れたアーティストに化けていくのかもしれません。
実は私もその気があります。
政治家になりたいという気持ちとなりたくないという気持ちが複雑に絡み合って、マグマのようにフツフツとしているのです。そして、私はそれを、アートとかビジネスの世界に逃がしているきらいがあります。いや、むしろ職業的な枠組みはどうでも良いのです。職業名はどうでも良い。ただ、仕事なるものを、社会的な存在意義とか、向社会行動とするならば、自分の中にどんな気持ちがあるのか、っていうただそれだけの話です。
世の中何かおかしいと思って、ネットに書き込んだり、雑誌に投書したり、政治家にメール送ったり、デモを行う、居酒屋で愚痴るのがレベル1の行動とするならば。レベル2は反発するのをやめて迎合するでしょう。そして、レベル3は具体的に何かをやり出すと思うのです。
でも、ゲーテみたいな人が、芸術家と政治を兼ねていたのは偶然では無いと思いますよ。
特定のテーマを見つけ出し、それに対して鋭く観察して、熱い想いを湧かせるという意味では同じなのです。
西園寺は、どんな熱い想いを持ってると思いますか?
何で私が純粋なマネー獲得活動に傾倒しすぎないかわかりますか?
政治家は、弱者救済とか、希望とか、改革とか、もっともそういうものに近い職業でしょう。しかし、実際のところはバラマキで終わったり、空虚空論で終わったりしがちです。そもそも、彼らの活動にはマネーが要りますが、世の中は政治権力以上にマネーのパワーが発揮されていたりして、活動しようとすると現体制を壊せないとか、色々ジレンマがあるんですね。既得権益者ってたくさんいますから。こーゆーことがやりたい、と思って始めた仕事に限ってそれができない、ってのはあるあるネタだと思います。クリエイティブな仕事がしたいということで始めた仕事がもっともクリエイティブから遠い、とかね。笑
社会変革!とかいうと、仰々しいし、方向性を間違えれば一気にダークな香りが漂ってきてしまう。実際に相当な難易度とコストがかかります。
だから、せめて、『自分を変えよう!人生を変えよう!』とか、『新しい何かを世の中に生み出そう!』とか、『生きがいを見つけてみよう!』みたいな方向性にしていく。少なくとも私はそうやって生きてきたのです。
経営者を大物にする3つのTというのがあります。
投獄、倒産、大病。
投獄に関していえば、本当に社会的影響がある革命は犯罪スレスレであったり、現体制や既得権益を脅かすようなことをやるので、権力の意図的な行使によって潰されてしまう。
日本で、ずば抜けた人が出てこないのは、暴れまわると権力に潰されるとみんなわかってるからです。
過去、社会にインパクトを与えて捕まっちゃった人たち、あるいは犯罪者にはならなかったけれど、マスコミにメタメタにやられたとか、表舞台からひきずり降ろされた人たちとかは、おとなしく著述家、言論人になってしまう。
まずは、常識を一個一個外していく。
(続く)
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。