【ニートの定義】 論点ごちゃごちゃする、感情論にシフトする人いるけどさぁ、そーゆーことじゃないのよ。

論点ごちゃごちゃする、感情論にシフトする人いるけどさぁ、そーゆーことじゃないのよ。

別に好きなように生きれば良いのよ。

ただ社会的ステータスとして、

 

  • 労働市場で単独で年収評価がつくのか?
  • 雇用されるのか?
  • 単独でクレジット作れるのか?
  • 単独で契約の主体となれるのか?
  • 単独で不動産賃貸の審査通るのか?

というような、生きられる力という点で議論して、生活力・経済力があるかどうかが主要な点であって、別に社会的にいいねされるかどーかは勝手というか、好きにしろよ、って話なのよね。

別にどんな仕事も認められるか否か、いいなされやすいか否かは差があるんだから。

 

世の中には誰かにおんぶで抱っこでどうにでもなる奴もいればそうじゃない奴もいるの。

後者の人間たちを中心に真剣に社会経済的に成り立つか、キャリアはどうなるか、というテーマで色々考えてる人たちがいる。

そこに別に入ってこないで良い人たちが、わざわざ他人の目を気にしてる。

 

そもそも働かないで食える奴が、働かないと食えない人たちがたくさんいる中でどうして社会的承認求めてわざわざ主張してるわけ。

黙って好きに生きていればいいじゃん。

 

事実就職しようと思えば前職無職なのよ、残念ながら。企業社会は経済性ある人間を求めてるの。

この確固たる事実をうやむやにしておばさんたちが発狂してたり、YouTubeにこれ見よがしに『子無し専業主婦の1日』とかタイトルつけてコメント欄あれているけれど、別に好きにすればいいけど、若い世代が彷徨うだろ。

普通の社会人ですら数年離れたらブランクなんだよ。45で早期退職とか、40代から転職難しいとか、新しいチャレンジ難しい、好きにあれこれできるのは30までとか色々言われてんだよ。

 

そこらへんを主要な論点として、真剣に社会経済上どうするかという議論に、別にドロップアウト組は入ってこないし好きに生きればいい。

別に世の中には刑務所に入ってる人も、入院してる人も、家の中にずっといる人もそりゃーいるわ。

 

テキトーにやっていけるやつはテキトーにやってればいいじゃん。

 

我々納税者やビジネスマンは、ニートとか専業主婦とかそーゆー、家庭で内製化された経済はしらねーよって感じなの。関わる機会無いから。客にもならないし、雇いもしないし、彼ら・彼女らの思想は100%こっちサイドでは通じないから、別にどうでもいいの。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男





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お仕事は、無職ですが人より課税されています。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。