北海道に帰りたくなる曲

無知の方が、人生は良いのかもしれない。

90年代のコンテンツは、「俺もGLAYになりてぇ」という人間を生み出したと同時に、「これは俺は無理だわ」という人間も生み出しのかもしれないけれど、後者のようなタイプの人間は、2010年代の死んだ音楽界の中で育ってきたら、「俺にも歌手になれるチャンスがあるかも」って勘違いを生んで、その勘違いが止まらなくなってマジで歌手になれちゃうかもしれないからね。

新陳代謝ってすごいと思う。

若い世代になればなるほど、過去は過去なんだ。過去どれだけスゴイ人がいようと、過去は過去。多分、90年代、2000年代のテレビの面白さを知っている人がYoutuberを認めないように、美空ひばりや松田聖子を知っている人は日本の歌手全般を認めていないに違いない。

若い・新しいを強調するだけでチャンスが開ける。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。