死にたい
が口癖の奴と大量に向き合ってきてわかってきたことを教えよう。
まず、1つ目のポイント。
多くの人は、こういう相談をされると、普通、逃げる。普通の健常者は逃げる。
普通はそうである。できるだけ関わりたくない。
知識もないし、余計なことを言ったりやったことで、そいつが死んだことでの責任を負いたくない。罪悪感を感じたくない。
だから、普通は逃げるのだ。
だが、こういう話を持ちかけてきた奴と向き合うことは、結構大丈夫である。
なぜか?
ガチで死ぬ奴はもう死んでるから
である。
よって、死にたい、と言ってきた奴と向き合ったり会話することは、割と大丈夫である。
これはファーストポイント。
2つ目。
ポジティブに励ましても、大体、効かない。
とはいえ死にたいと思うくらいに追い込まれてる奴なのだから、励ましたところで意味はないことが多い。そういうのは全然響かない。
こちらがポジティブに接するほど、おそらく、コントラストを感じるのだろう。
参っていると天邪鬼精神も発揮されるから、余計に
もう嫌だ!
的な感情をヒートアップさせる奴が多い。
そして3つ目。
まぁ、死にたいよな、死にたくなるぐらい辛いよな
と、自分も同じような感情を持っていること、持ったことがあることを打ち明けると、案外、おとなしくなる。
寄り添う方が良いのかもしれない。
実際、日本では、15〜30%の人が死にたいと思ったことがあり、若年層に限れば
45%
なので、実はみんな一度は「死にたい」と思ったことがあるのである。これは珍しくないのだ。
よって、それぐらい追い詰められている人に対して、率直に、自分も感じたことがある同じフィーリングを打ち明けながら寄り添うと、案外、おとなしくなる。
おそらく、それによって、「一人じゃない」と感じる効果もあるのだろう。
とはいえ、ここからが厄介なのだが、
人並み以上に希死念慮が強いタイプは、
「こっちも死にたいと思ったことがある」
「こっちも今辛い」
みたいなことを打ち明ける際に、
実はこっちもめちゃくちゃ追い込まれている
みたいな闇をオープンすると、
自分は相談に乗らずに、そそくさと逃げる奴が多い。
これは可能性としては、
「自分がキャパオーバーなので他人の心の闇に寄り添ってる暇がない」
というケースがありえる。
だが、シンプルに、
自己中のケースもある。
そしてその自己中性質によって、周囲の人から嫌われたり見放されたりして、それがその人の死にたさにつながってるケースもある。
実際、多くの人は、
人から希死念慮を打ち明けられると、
こっちだって大変なんだよ
とイライラすることも多いだろう。
また、そういう連中とかまって得することなど何ひとつないだろう。
自分も同様に大変だし、そういう連中にかまっていいこともない。
大体追い詰められてるから、お返しもしてこない。
自己中な人も多い。
とはいえ、本当に追い詰められている人には、救済が必要である。
そしてそういう人たちは、割と、フィジカル的に弱ってることが多い。
寝たくても寝られない、みたいな状態になっていることも多い。
こういう人間は、自分で自分を制御できない。
だから、外部の矯正と監視が必要である。
しかも正しい医学的知識に基づいて。
そのため、やっぱりベストの策は、入院であろうと思う。
精神病院への入院である。
私が見てきた限りでも、追い詰められた人間が、もっとも落ち着きを取り戻す最善の策は、入院である。
SNSとか本とか読むだけ、ますます悪化することも多い。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



