嵐は最初から順調だったわけじゃない。嵐は売れるまでに10年かかった。

国民的アイドルグループの嵐、活動休止が発表された。

嵐の日本経済に対する影響力は凄まじく、チケット取れない、ライブの際にはインフラが麻痺するなどは有名な話。

さて。

嵐の活動休止の一報を聴き、アルバムを聴き始めた人も多いと思う。

実は、嵐ですらデビュー当時から順調だったわけではない。

ジャニーズはご存知のように、ジュニア時代は先輩のバックダンサーをさせたり、人気のある子はドラマに出したりする。ライブでの盛況などを見ながらデビューを決める。

ある程度、初期にテストマーケティングをしている。

そのため、デビューの段階から売れることはある程度確約されている。ジュニア時代からのファンがいるからだ。問題はその後である。

シングルのリリースを見て欲しい。

  1. ARASHI
  2.  sunrise日本
  3. HORIZON
  4. 台風ジェネレーション
  5. 感謝カンゲキ雨嵐

と続くが、デビュー曲以外、曲名を聴かれてもメロディが出てこない人も多いのでは?聴いたらわかるかもしれないけれど、、、

嵐を特別に好きじゃない人とか、台風ジェネレーションとか知らんでしょ。

 

嵐はデビュー当時、派手なイベントをハワイでやった。だから、その瞬間は爆発的に世の中に広まる。初速がある。

しかし、その後も熱心についてくるのはコアファンとアイドルに感度の高い層だけだ。

シングル一枚一枚と、それに連動したグループのその時期時期の活動を覚えているだろうか?

私は、『時代』はギリ覚えている。この曲はたしか、グループのメンバーが出ていた金田一少年か何かの曲だったような気がする。

嵐のスタイルも、雰囲気も、今のような感じでは無かったような気がする。また、初期の頃の曲調を見てもわかるように、櫻井くんがイキイキしそうなイケイケな曲調が多いのである。

この頃、嵐は今のような立場を築いてなかった。

ちなみに私は、『言葉より大切なもの』が大好きである。『時代』でひっかかり、『言葉より大切なもの』あたりでは嵐の感じが好きになっていた。

しかし、そこまでいっても嵐はまだ、国民的グループのレベルでは無かったと思う。

ナイスな心意気あたりまではオールド嵐の感じがする。言葉より大切なものあたりからは、今に通じるものを感じる。

私はオールド嵐が好きである。

嵐のヤング時代の空気感が好きなのである。

もともとやる気が無かった初々しい5人が、若干『踊らされてる、歌わされている』みたいな顔をしながら、バラエティでも少しキョトンとしているような感じから感じる若さが好きだった。

才能があって選ばれ、売り出された若者5人。しかし、当の5人はまるで運命の嵐に巻き込まれてなぜかここにいます、みたいな感じが個人的にした。まさに、ジャニーズ事務所が送り出した新しい時代の萌芽という感じがした。

サクラ咲ケ、WISH、きっと大丈夫、このあたりから嵐は、『鉄板パターン』を構築し始めたと思う。ヒットする嵐メロディ、今の嵐スタイルを築き始めた。

wikiでも、シングルセールスについて特筆されてるのは、デビュー曲に次いで、Love so sweetである。この間、10年以上ある。

サクラ咲ケ、きっと大丈夫は、私の大好きな曲だ。すっかり丸くなった今の嵐でも、デビュー当時はイケイケのヤングマンたちであって、ちょうど175Rのような、金髪で、激しいアップテンポで、若者のメインストリームへの反発、新しさ、若さを歌うような感覚があった。

今のアラフォーは、おそらくIWGP(池袋ウエストゲートパーク)世代である。あの時代にヤング世代だった人間の空気感というのは、要するに平成の空気感である。平成30年間を覆った空気感というのは、どこか共通するものがある。エスタブリッシュされた豊かな世の中で、若者がやりたいことを模索し、社会に反発しながらも、学生運動的な本格的な革命運動ではなく(やっても成功しない)、荒廃的、自堕落な方向性に走る感覚。

風俗、デキ婚、堕胎、金髪、裏サイト、薬物、フリーター、就職放棄、スタイリッシュ化されたヤンキー、ラップミュージック、こういうものがコンテンツとして取り上げられ描写されても受ける空気感があったと思うし、2000年代はそういう時代だった。ネットもそんなに進展してるとは言えず、まだまだ人々が外に出て何かをやる時代。

だから、深夜の公園とか、トンネルの壁のスプレーアートとか、スケボーとか、深夜に徒党を組む集団とか、そういうものが絵になった。

嵐も、そんな中で、そんな時代の空気感の中で出てきた芽だと思う。

もともと5人は育ちも良いし、いい子路線の人たちである。しかし、そんな彼らの若い頃は、やはりその時代を反映したファッション、見た目をしていたと思う。

特に、嵐の櫻井くんは慶応ボーイで親が元総務省官僚であるのは有名な話。しかし、その環境に反発してなのか、ヤングな時代は、嵐の中でももっともラップミュージックのようなものに対する感性が尖っており、尖っていた。何か強い反発心、気合い、魂のようなものを感じさせた。彼については、自分のやりたいこととしてのジャニーズ活動について、親と対立やいざこざがあったというのは有名な話である。

 

嵐は、昔からラップがある。サクラップである。当時、ジャニーズとしては新しかったと思う。若い新しいジャニーズという感じだった。

その嵐持ち前の色と、社会のど真ん中に受けるキャッチーなメロディが融合し始めた。それが、ナイスな心意気や言葉より大切なものあたりからの流れであったと思う。

 

そして、なんといってもWISHである。

そう。花より男子なのだ。大当たり。

これは、当時、世の女の子たちをきゅんきゅんしまくって、小栗旬が出ていたこともあり、世の女性をガーーーッと囲いまくったのであった。小栗旬の出世作でもあった。道明寺と花沢類がバカ受けしたのである。

そこから、松潤に強烈な道明寺イメージがつくことになる。そこからの嵐は、『一生君を大切にするよ』系のラブソングでもヒットを飛ばすようになる。この頃から、デビュー当時の路線とダイブ変わってくる。

そしてご覧のように、2009年以降の曲はだいたい有名なものばかり。ここから、『誰もが認めざるを得ない嵐』のストーリーは強固になっていったと思う。嵐は社会的地位を上げ、影響力を持ち、いよいよ誰もが無視できない存在へとなっていく。あれだけのインフルエンサーになれば、大企業も嵐を重んじるしかない。こうやって、嵐は国民的な存在へと駆け上がっていく。

特に、シングルセールスで言うと、Love so sweetが、デビューシングル以来のバカ売れになる。

おーもいで♪

ずっと♪ずっと♪わーすれないーそら♪

ふったりっがっ♪はーなれていーても♪

である。

 

嵐が一般大衆に浸透し、国民的アイドル、別格枠(ジャニーズの中でも)になり、個々のメンバー個性、活躍が確固たるものになるまで、だいたい10年かかっている。しかし、その10年で、『日本経済を動かす』というレベルにまで駆け上がり、いつのまにか、男性も嵐ファンを公言する人が増えた。ジャニーズの内部もそうだが、俳優や芸人まで、嵐に憧れるという発言をする人たちが増えていく。全方位的に嵐は支持を強固にしていく。

20年活動してるうちの、『嵐やばすぎぃ!』の期間は10年くらい。最初の10年は、もともとジュニアの時から見てた人、初期ファン、比較的ジャニーズに興味ある人、初期の音楽に惹かれた人に好かれていたわけであって、意外と普通の人気ジャニーズ枠であった。ああ、またあの事務所ね、みたいな。

何より、彼らは時代の空気感を帯びた若者の枠にまだとどまっていた気がする。

今となっては、嵐好きといっても普通だが、初期の頃は嵐好きというと、『ああ、出た、熱狂的ジャニオタ(いるよねそういう女)』という空気感すらあったと思う。

 

ちなみに、KAT-TUNはまた違う経路を辿っている。KAT-TUNも昔から、人気があって、デビュー前から注目されていた。

しかし、KAT-TUNは、修二と彰やごくせんにより、『亀梨、赤西』のツートップが世間に売れまくって、超絶人気を獲得していた。デビュー前から、特に学生世代を中心に、バッチリとカバーできていた。知らない者はいない存在だった。にも関わらず、KAT-TUNとしてデビューしないという時期が長く続いた。メンバーのうち2人が爆発的に知れ渡って人気を博していたのがKAT-TUN。ごくせんは学校ネタであったこともあって、当時学生をやっていた人間は、ほぼ間違いなく、巻き込まれているはずである。知らない人はいないのだ。おそらく、今の若い教師には、ごくせんに影響されて教師になった人間がいるはずなのである。

そして、満を辞してreal faceでデビューしたカトゥーンは最初っからバカ売れ。その後も順調に売れ続け、そして後に空中分解した。

 

この点で、実はスマップと嵐は似ている。右往左往の時期や、メジャーに定着するまで、スタイルが固まるまで、メンバーで苦節を乗り越えた経験がある。

ジュニアの頃から個人として異常に売れまくっていたタッキーや山ピー、亀梨赤西のような人たちもいれば、手越祐也や関ジャニ村上のように、時間をかけて変化しつつ市場に定着していったパターンなどいろいろある。

 

安室奈美恵の引退は平成の終わりを意識させた。そして、嵐の活動休止はそれに追い討ちをかけることになると思う。

確実に、時代は進んでいる。そして変わっている。

ヤングを自覚していた人がヤングじゃなくなりつつある現実と向き合う。そしてそんな中で、彼らが社会の中枢に近づいていくとともに、そんな世代を含め、日本の上の世代の背中を見ていた学生だった若者たちが頭角を現し始める。

 

今のティーン、ハタチ付近を見ていて思うのは、20代〜40代が時代の転換に翻弄され、新しいテクノロジー、ビジネス、ライフスタイルに振り回され、爆発的に増える情報をキャッチアップしながら、やりたいことを模索して右往左往していた姿をしっかりと目に焼き付けているということ。

だから、ティーン〜ハタチ付近はハングリーで辛抱強い子達が多いと思う。表向きは、新しいものや若さを代表するものをフラフラと追いかけていらように見えて、芯の部分で固いものを持っている。彼ら、彼女らはSNS化した社会で10代を生き抜いた強さを持っているのだ。進化した世代である。

コンサバな選択肢を手堅く取ったり、貪欲に苦境に耐えたり、地に足ついた勝負の仕方を考える子達を見かける。早い話が、早熟している。きっと、今の若い世代は、『若かった世代』が、散々ネットやパブリックな場で振りまいた姿を見ながら、これをまた反面教師とする感性も持っているかもしれない。

 

今後の世の中、若い世代は、『ステルス世代』である。

彼らは、35歳以上が理解できないハイテクな遊びをしている。つまり、オフラインで活動していない。彼ら、彼女らの動きは、可視化されないのだ。バーチャルな空間で情報を共有し、遊び、繋がり出会っている。つまり、上の世代には若者の挙動が見えない。捕捉できない。どんな価値観が広がり、何が流行っているのかもわからないのだ。なぜなら、若者は若者の空間で遊んでいるから。そして、おじさん、おばさんは入ってくるなという感覚。

たとえばTiktokなどが広まり、おじさん世代に捕捉されて乱入されると、嫌気がさして出て行ってしまうような感性が彼ら、彼女らにはある。若者は若者の世代の中で、情報共有、課金決済、エンタメ、学習、ネットワークが広がっている。バーチャルな空間は、細分化され、閉鎖的で、独特のネットワークが出来ている。

ヤフーから、グーグルから、そしてメールから情報を得て繋がるネットワークはいよいよ、特定の世代に好まれるものと化しつつある。Amazonのように、強固なブランドを築かないと厳しいかもしれないし、Amazonであっても、メルカリなどのCtoC市場や若者ウケしているzozoには一部負けてしまうかもしれない。

ヤフコメやwebサイトの記事でzozo社長が叩かれているのを見てそれを総意と勘違いすることが危ないかもしれない。彼らのビジネスの主要なターゲット、および重要なネットワークは、従来のメディア経由では捕捉できないかもしれないからだ。

 

今後、おそらくオールドな世代は、世の中の動きが可視化されない以上、若い世代から情報をもらえないままでいると、茹でガエルのように、知らず知らず貧しくなるかもしれない。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。